第1部 第1章 第3節 林業従事者の動向(3)
(3)林業の労働条件の向上に向けた取組
学生や林業就業者へのアンケートでは、就業に当たっての関心が、仕事の内容ややりがいとともに労働条件にあるとの傾向がうかがえた。今後、新規就業者を維持し定着させていくためには、安全で働きやすく魅力ある職場づくりを進め、林業における働き方改革を行っていくことも重要である。これまで、林野庁では、都道府県知事が指定する林業労働力確保支援センター(*29)等とも連携しつつ、「「緑の雇用」事業」等により、林業従事者の労働条件向上や、研修等による従事者の能力向上、能力を処遇に結びつける能力評価に関する取組等を推進してきたところであり、ここでは、これらの取組状況について紹介する。
(*29)「林業労働力の確保の促進に関する法律」(平成8年法律第45号)に基づき、林業労働力の確保を図ることを目的として都道府県が指定する一般社団法人又は一般財団法人。第3章(129ページ)を参照。
(「緑の雇用」を通じた雇用の状況)
林業への新規就業者数は、「「緑の雇用」事業」の開始前は年間平均約2,000人であったが、開始後は約3,300人に増加しており、同事業を活用して新たに林業に就業した者は、平成29(2017)年度までに、累計約1万8千人となっている。
同事業の効果もあり、林業の若年者率(*30)は近年上昇傾向にあり、平成2(1990)年の6%から、平成27(2015)年には17%まで上昇している。平均年齢も平成12(2000)年には56.0歳であったものが、平成27(2015)年には52.4歳となっており、若返り傾向にある。
また、「「緑の雇用」事業」の研修は、現在、新規就業者が林業に必要な資格を取得し、安全かつ効率的な森林施業に必要な知識・技能を習得するための3年間の研修とした「FW研修」、効率的な現場作業を主導することができる者を育成するキャリアアップ研修として、就業経験の通算5年目以上の者を対象とした「フォレストリーダー(以下「FL」という。)研修」及び就業後10年目以上の者を対象とした「フォレストマネージャー(以下「FM」という。)研修」という段階的・体系的なカリキュラムとなっている(資料1-15)。
また、「「緑の雇用」事業」により林業経営体に就職した林業従事者の定着率は3年経過時点で約7割と、全産業(新規高卒)のおよそ4割(*31)と比べて高い水準となっている。また、10年目での定着率は5割を切っており、一定期間の在職後に離職に至る者も存在している。
(*30)35歳未満の従事者の割合。
(*31)厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」(平成27年3月卒業者の状況)を基に、30人未満の事業所規模の場合について、1-離職率(%)として算出。
(林業経営体の労働条件)
「緑の雇用」アンケートによると、事業量に対して人手不足を感じている者の割合は約8割となっている。また、求人を行った林業経営体において、応募者が求人数に満たなかった者の割合が4割を超えている。
こうした状況において、林野庁の調べ(*32)によると、賃金の水準については一定の条件の下で試算すると平均約300万円(*33)となっており、全産業平均の約400万円(*34)と比べると、必ずしも高くない状況となっている。
「緑の雇用」アンケートによると、林業経験年数と賃金の水準を比較すると、林業経験年数が10年以下の者では年収(手取り)250~300万円がおよそ3割で最も多く、11年以上の者では350~400万円がおよそ3割となっており、経験年数により年収が増加している様子がうかがえる(資料1-16)。
このため、30代と40代の賃金水準を林業経営体の事業規模別に比較してみると、素材生産量が1万m3未満の経営体では、30代、40代とも250~299万円が最も多かった。一方、1万m3以上の経営体では、30代では300~349万円が27%、40代では400~449万円が25%とそれぞれ最大となっており、事業規模が大きい方が年齢とともに賃金の水準も上昇する傾向があった(資料1-17)。
また、会社等では常用の現場作業員の賃金支払形態は、月給制となっている者の割合が38%であるのに対して、日給制となっている者は61%となっている。森林組合では、現場作業員の賃金支給形態が月給制(*35)となっている者の割合は29%に留まっており、65%の者はいまだに日給制(*36)となっている。また、この3年間で常用の山林現場作業員の求人を行った林業経営体について、応募者数が求人数を下回ったと回答した割合が約4割となっている。
(*32)林野庁ホームページ「一目でわかる林業労働」
(*33)林野庁経営課調べ。平成25年度アンケート調査結果における年間就業日数210日以上の者について、年齢別、所得別回答者数により試算。
(*34)国税庁「民間給与実態統計調査(平成25年分)」。1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与。
(*35)月給・出来高併用を含む。
(*36)日給・出来高併用を含む。
(能力評価と労働条件の向上に関する取組)
林業従事者の仕事への意欲、やりがいを向上させるためには、その能力や業績などを客観的に評価し、これに応じた昇格・昇級など公正な処遇を行っていくことも効果的と考えられる。
このため、林野庁では、雇用管理改善に向けたポイントとチェックリスト、事業主が能力評価を導入する際の基準や評価シートの例等を記載した「人事管理とキャリア形成の手引き」を作成し、普及に取り組んでいる(*37)。
また、平成25(2013)年度より、林業従事者の働く意欲の向上、職場への定着やスキルアップ等を実現するための能力評価システムの構築に対して支援を行っており、平成30(2018)年度末時点で、145の森林組合・会社において専門家による導入支援が行われた。
加えて、新規就業者を獲得し、定着させていくためには、労働条件の向上による働きやすく魅力ある職場づくりが重要である。林業・木材産業の分野にも、人手が足りない、休みが取れないなど、「働き方改革」をめぐって様々な課題がある。
林野庁では、林業・木材産業分野における働き方改革を進めるため、平成31(2019)年3月に課題解決のヒントや取組事例を紹介した経営者向けの手引を作成している。
例えば、山梨県上野原(うえのはら)市の北都留(きたつる)森林組合では、従業員の評価や採用の基準が曖昧なことが経営改革の障害となっていると考え、平成26(2014)年から能力評価システムの導入に向けた取組を進めている。ここでは、職員の代表からなる「能力評価システム導入検討委員会」が、外部コンサルタントの助言を得ながら、「規律性」、「責任性」、「積極性」、「協調性」、「安全衛生」等の項目からなる能力評価の仕組みを作成した。能力評価の導入により、職員一人一人の意見をくみ上げ、目標を共有する仕組みができたところであり、現在、給与体系との連動についても検討が進められている。こうした改革の実施により、経営理念、経営方針に共感する若者の就業希望者が増え、平成28(2016)年度から毎年新卒限定の新規採用を継続しており、人手不足、職員の高齢化問題等が改善に向かっている。
労働条件の向上に関する事例としては、宮崎県えびの市の株式会社松田林業が挙げられる。松田林業では、人材の定着のためには一定水準の収入を得られることが重要と考え、月給制を導入するとともに、保有資格に応じた技能手当や班長手当、売上げに応じた賞与と決算手当を基本給に付与している。また、給与以外の面においても、週休2日制の導入や有給休暇制度も整備している。このような取組の結果、従業員自らが、現場の状況や天気を踏まえて仕事の段取りをつけるようになり、生産性の向上が図られたほか、若手を中心として従業員が定着するようになっている。
(*37)林野庁ホームページ「林業事業体の雇用管理改善と経営力向上の取組について」
(林業経営体の労働安全)
林業は、急傾斜地など多様な作業環境の中で、チェーンソー等の刃物を使用し、重量物である木材を扱うなど危険を伴う業種であり、労働災害の発生率(災害の発生度合を表す「死傷年千人率」)は、全産業の中で最も高い32.9となっている(全産業2.2、木材・木製品製造業9.9)。
林業における労働災害は長期的には減少傾向にあるものの、死亡災害は近年横ばいで推移し、平成29(2017)年の死亡者数は40人となっている。林業における年齢別死亡災害発生状況は、50歳以上が30人で75%を占めており(*38)、林業就業者全体に占める50歳以上の割合である57%(*39)と比較しても高い水準となっている。また、作業種別では、伐木作業中の死亡災害が31人で78%を占めている(*40)。
林業における労働安全確保に向けた取組としては、これまでも、各種の研修、労働安全の専門家による安全診断等が行われてきたところであるが、近年は次のような新たな取組も始まっている。
まず、鳥取県では、平成29(2017)年3月、安全に特化した研修施設である「とっとり林業技術訓練センター(愛称:Gut Holz)」を開所した。ここでは、30年間で素材生産量をおよそ1.5倍に増やしながらも、労働災害を半減させたオーストリアの林業教育を参考とし、各種の訓練装置を用いた伐倒技術の基礎訓練を徹底する取組を進めている。
また、岐阜県郡上(ぐじょう)市のWoodsman Workshop合同会社の代表である水野雅夫氏は、伐倒の練習においては、任意に設定した同条件での反復練習が不可欠と考え、斜面や凹凸のある足場等、実際の現場に似せた環境を再現できる伐倒練習機「Felling Trainer MTW-01」を開発し、普及に努めている(事例1-6)。
北海道札幌市のコンサルタント会社である(株)森林環境リアライズでは、チェーンソーの伐木作業での災害をバーチャルリアリティの仮想空間で体験できるシミュレーターを開発した。このシミュレーターでは、傾斜地における伐採やかかり木処理等全部で7つの災害事例が用意されており、開発の開始以降、本シミュレーターを使って100件を超える研修等が実施されている(*41)。
経営体として労働安全の確保に積極的に取り組んでいる事例としては、群馬県中之条町(なかのじょうまち)の吾妻(あがつま)森林組合が挙げられる。平成17(2005)年に広域合併により発足した吾妻(あがつま)森林組合では、合併前から労働災害の発生が重なっていたことから、平成17(2005)年4月に労働局から安全管理特別指定事業所の指定を受けることとなった。このため、労働安全コンサルタントと契約し、平成21(2009)年から「安全対策・作業方法・作業効率は三位一体」として、安全対策の徹底等の改革に取り組むこととした。下刈りや植付けなどの作業方法をルール化するとともに、チェーンソーや刈払機の目立て講習、間伐の伐倒方向についての技術力向上研修を毎年開催するなどの取組により、労働災害を大幅に減少させている。
(*38)林野庁経営課調べ。
(*39)総務省「国勢調査」
(*40)林野庁経営課調べ。
(*41)本事例については、第3章(133ページ)参照。
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