屋久島におけるヤクシカの食害
更新日:令和年4年3月29日
担当:計画課保護林担当
屋久島のヤクシカによる生態系被害等食害の状況
屋久島では、ヤクシカの生息数の増加とそれに伴う食害により、農作物被害、森林生態系への様々な影響が懸念されており、早急な対策が求められています。 このうち、シカの過剰な採食圧によって生じていると考えられる森林生態系への影響について、希少植物の減少・消滅、嗜好植物の減少、不嗜好植物の増加、森林の下層植生の裸地化など具体的な状況について、現場で取材した写真により解説していきます。シカの食性や行動について、考えるきっかけとなればと思います。 |
森林生態系への被害
島内各地で見られるヤクシカの食害による森林生態系への影響は、下層植生の裸地化、不嗜好植物の増加、皮剥、採餌された植生の反応などで見られます。
下層植生の裸地化、落葉食
屋久島の西部地域では、現在、道路沿いを通っていると群れとなったヤクシカとヤクザルまたは、単独行動の個体でも道路を通過中に何度でも比較的容易に見ることができます。しかし、これが本来の屋久島の自然の姿なのでしょうか。ヤクシカは、西部地域においては生息密度が高くなり、㎢当たり100頭を超えるとの最近の調査結果もあります。これは、シカがそこで生育できる環境収容力の限界に達しているとも言われています。本土においては、㎢あたり5頭から10頭を越えれば、何らかの食害が発生するとも言われる中で、100頭を超えるとされる西部地域においては、シカによる影響と思われる様々な影響が生じています。
最近では、ヤクシカの被害拡大を受けて、国、県、屋久島町、地元猟友会等関係者による捕獲が行われ、徐々に密度が低下したとの報告もありますが、奥地山岳地での被害もあり、宮浦登山道途中にある景観に優れた花之江河という高層湿原一帯でもヤクシカの食害が散見されており、顕著な植生の変化や昔に比べ景観が変わったなどが指摘されています。
上記でも記載したように西部地域ではヤクシカとヤクザルがともに同じ場所で行動しているのをよく見ることができます。時にヤクシカは、樹上で採餌するヤクザルの後を追い、樹上の採餌でこぼれ落ちたもの(木の実など)を採餌する行動も見られます。サルによる樹上からの餌は、シカにとって重要な餌資源となっているとされています。高密度となっている西部地域のヤクシカは、好きな植生や食べやすいものを先に食べ尽くし、その後は(仕方なく?)本当は好きな植物ではないもの(不嗜好種)までも採餌するようになり、また、落葉食が主体の食性となっているとの報告があります。結果として、この地域の下層植生は貧弱となり、シカの嗜好植物の減少、不嗜好植物の増加により生物多様性が劣化した生態系となったり、不嗜好種で覆われない場合は林床が裸地化の方向へ進んでいると思われる箇所が各所で見られるようになってきていると考えられます。
シカによる林床の稚樹の採餌、落葉食は裸地化を促進することとなると考えられますが、本来、地表の土壌の断面では一番上に当たる落葉層で覆われる地表は、裸地の状態になった場合、降雨による雨滴が直接表土に当たることとなり、土壌流亡を一層促進することとなるとの報告もあります。
☆西部地域下層植生(裸地化1)(135KB)☆西部地域下層植生(裸地化2)(123KB) |
森林の更新と萌芽の食害の問題、萌芽保護柵の効果
屋久島は、北琉球の地にあって温暖多雨の気候のため、中標高域から低標高域においては常緑広葉樹林が優占する植物気候帯です。これらの常緑広葉樹林の中で、シイ・カシの仲間のマテバシイ、スダジイ、ウバメガシなどが優占種として生育しています。これらのシイ・カシ類の繁殖方法は、比較的大き目のギャップ(台風などで、樹木が倒伏した後にできた森林の中に開いた空間)の発生に備えた実生による更新と大きな幹の腐朽などに備えて準備していた根際からの萌芽枝の成長による更新の2通りがあると考えられています。
また、最近日本海側などで問題となっているナラ枯れの原因、シイ・カシのようなブナ科樹種を加害するカシノナガキクイムシ※とナラ菌による樹木病害が、ここ屋久島でもよく見られ(ただし、屋久島は一部発生するが、枝のみだったり、一部が枯損することはあるが、激害地のような一斉枯損は殆ど見られない)、加害により衰弱したと思われる個体は、本来の萌芽能力を生かし樹勢回復のために根際から萌芽を発生させていますが、ヤクシカの食害により、ことごとく新芽を食べられています。さらに、林床を見ると後継樹となるであろう実生由来の稚樹も、おそらくは、発芽した後にシカの食害に合っているためか、ほとんど見当たらず、このままでは屋久島の常緑広葉樹林の森林の更新が心配されます。ひとたび、台風などの影響で、これらの倒木が発生してもそのギャップを後継の稚樹がなくなっているため、本来のこの地域の森林生態系である常緑広葉樹林の循環的世代交代の流れがなくなってしまうことが懸念されます。森林の維持のためには、萌芽の更新と実生による更新のどちらもバランスよく行われている必要があるのです。
平成23年度の調査研究の一環として、萌芽の食害を受けている幹の周りに保護柵を張ったところ、その箇所だけは見事に萌芽が成長し、再生しているのが見られました。
※(屋久島では、在来種ではないかとも言われている、幹に穿孔する甲虫カシノナガキクイムシ(養菌性キクイムシ)が樹木の幹に潜って、持ち込んだ菌を繁殖させて菌を栄養とし、同時に増えた別の菌?が材中の水分通導を阻害して枯死に至らしめる病害虫)
☆カシノナガキクイムシ被害1(個体の一部が枯損))(2,213KB)☆カシノナガキクイムシ被害2(幹からの樹液流出)(2,682KB)☆カシノナガキクイムシ被害3(マスアタックにより枯れた樹木)(1,239KB) |
希少種等の被害状況
希少植物の被害は、島内各地で目立つようになりました。南部地域においては、以前、ヤクシカの生息頭数が少なく被害はほとんど無いか、軽微との評価がありましたが、最近、この地域での希少種への食害が確認されており、その認識は見直されなければならなくなっています。
また、一部研究者等によれば、西部地域においては、希少植物は元々なかったのではないかとの意見もありましたが、調査によればラン類は間違いなくある(あった)ことが分かっており、元々あった希少植生がシカによる食害を受けつづけていると考えた方が良さそうです。
☆ラン類の食害1(109KB)☆ラン類の食害2(83KB)☆オオタニワタリの食害(112KB) |
シカ害が広がると 不嗜好植物が増えるわかりやすい一例
島内のある牧場を仕切る植生保護柵を境に柵の外側でシカが進入した箇所に不嗜好種のハスノハカズラが、繁茂している状況が見られます。当然ながら、保護柵の内側は牧草の被害はありません。
このように、シカの影響で不嗜好種が増える例は、屋久島島内の通常の森林の中でも多く見られます。最近、春先に白い花を咲かせるアブラギリの繁茂が、問題視されるようになっていますが、照度の低い森林内では、何とか繁茂は押さえられていますが、林縁近くや林冠の混み合いが少なく、少しでも明るい照度があれば、かなり適応力が高く、種子が発芽成長し始めているのを各地で見ることができます。では、いったいアブラギリの種子散布は、誰が行っているのでしょうか。調査の結果、外来種のタヌキ、サル、ネズミなどがどうやら関与していそうだと分かってきました。
嗜好種の採餌等を行うシカの影響で、嗜好種が減ってくると結果として不嗜好種が繁茂するようになるのです。これらは、シカと他の動物、植物との関係として生物間相互作用の一例としてとらえられます。
同様の例として、奈良の春日山原始林でも、シカの影響で在来種が減少し、外来植物のナンキンハゼ、ナギが優占するようになってきた例が知られています。
その他の地域でのシカの食害の例
屋久島島内の白谷雲水峡、小杉谷、屋久島の隣の口之永良部島などでもシカの高密度化、食害が見られます。
☆白谷雲水峡での皮剥(1,272KB)☆皮剥の様子(86KB)☆口之永良部島旧火口付近でのサクラツツジの刈り込み(2,026KB) ☆スギ幼齢木の食害(1,475KB) ☆花之江河のシカ採餌の様子(163KB)☆花之江河のシカ採餌の様子2(163KB) |
シカの採餌行為と植生とのちょっと奇妙で不思議な関係
シカは、好きな植物から食べていくと考えられますが、植生の変化などが起こってくると嫌いなものでも食べるようになってきます。
また、食べるものが少なくなってくると落葉を食べるようになることも知られています。
ヤクシカの食性が落葉食主体になってきている西部地域では、好きな植物とされている種でも、すべての個体を根こそぎ食べきるまでは食べないことも観察されています。
同じ西部地域においては、トゲによる物理的防御を行っていると思われるホウロクイチゴでも(おそらく)柔らかい先端部を食べることがあります。
ハドノキは好きな種ですが、口が届くぎりぎりの範囲までを食べ、その食べられたぎりぎりのところは、葉が大きくなる前に食べられるので、小型の葉(でる先から食われているため)になっています。
ヒイラギは、トゲがあって食べにくい(はず)のですが、やはり、食べられています(後に、ヒイラギは、好きな植物であると分かりました.カラスザンショウもトゲがありますが、好きな植物の一つです。)。また、同じくトゲの話ですが、シカが保護されて高密度となっている奈良公園では、イラクサという刺毛(トゲ)を植物体に持つ植物が生育していますが、シカの長年の摂食により他地域のイラクサより刺毛密度が数十倍から数百倍になって、食べにくくなっているという植物側の防御機構の発達(淘汰)が有り、この特徴は遺伝的支配を受けているとの報告もあります。
ハゼノキは、ラッコール、ウルシオールなどのかぶれる毒(化学的防御)があるはずですが、食べられていました。
食害の例を数多く見てくると、例えば、中程度~嫌いと思われるバリバリノキや本来は嫌いな部類と思われる、イヌガシが食べられていたり、生息密度が増えてくると忌避植物として残り、植生の優占することが多いハイノキまでも食べられていることが、最近報告されています。おそらく、好きで食べているのではなく、生息密度が高くなり、好きなものが減ってきたため仕方なく嫌いなものも食べるようになっていると思われます。(引用資料:令和元年度植生被害調査:九州森林管理局 令和2年度野生鳥獣との共存に向けた生息環境等整備調査(屋久島地域)令和3年3月報告)
これらの事例は、いずれもシカの食性(嗜好性)に柔軟性があると言うことで(専門的には食性に可塑性があるという)、シカの適応力が高いことが分かる一例でもあります。シカと植物の関係は、食べる、食べられる関係として熾烈な戦いが続くと思われます。
☆側溝に伸びたハドノキの葉の小型化(1,820KB)☆ハゼノキの採餌(1,353KB)☆好きな幼齢のカラスザンショウが残された例(801KB) |
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担当者:生態系保全係
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