第1部 第3章 第2節 木材利用の動向(3)
(3)木質バイオマスの利用
(ア)木質バイオマスの新たなマテリアル利用

化石資源由来の既存製品等からバイオマス由来の製品等への代替を進めるため、木質バイオマスから新素材等を製造する技術や、これらの物質を原料とした具体的な製品の開発が進められている。
令和3(2021)年に農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」において、改質リグニンやセルロースナノファイバー(CNF)を活用した高機能材料の開発及び改質リグニン等に続く木質系新素材の開発に取り組むこととされている。また、循環型社会形成推進基本計画では、木材は炭素の貯蔵や化石資源の利用抑制に資することから、建築用材等の利用に加え、改質リグニン等の木質系新素材への活用を進めることが明記された。
改質リグニンは、木材の組成の約2~3割を占める主要成分の一つであるリグニンを原料として製造される新素材であり、高強度・耐熱性・耐薬品性等の特性が求められる高機能プラスチック等への活用が期待されている。リグニンは化学構造が非常に多様であるため、これまで工業材料としての利用が困難であったが、国立研究開発法人森林研究・整備機構を代表とする研究コンソーシアム「SIPリグニン(*45)」において、我が国固有の樹種であるスギのリグニンの化学構造が比較的均質であることに着目し、スギのチップにポリエチレングリコールを混ぜて加熱し、リグニンを改質・抽出した改質リグニンの製造システムが開発された。その後SIPリグニンの活動を引き継ぎ、改質リグニンの実用化に向けて、「地域リグニン資源開発ネットワーク」(リグニンネットワーク)が設立された。
これらの取組により、振動板に改質リグニンを使用したスピーカーが商品化されたほか、令和2(2020)年に開始された、農林水産省農林水産技術会議の委託プロジェクト研究においては、改質リグニンを用いたより高機能な材料や製品の開発が行われた。
このような中、林野庁では、改質リグニンの社会実装の早期実現に向け、学識経験者を交えて「改質リグニンの今後の展開に向けた勉強会」を開催し、課題を整理した上で、令和6(2024)年4月に今後の展開方向を取りまとめた(資料3-24)。これを踏まえ、先端技術分野の大規模技術実証を支援するSBIRフェーズ3基金事業(*46)「農林水産省中小企業イノベーション創出推進事業」を活用し、愛媛県⿁北町(きほくちょう)でスタートアップ企業が行う大規模製造技術実証を令和6(2024)年度から支援している。また、ライフサイクルアセスメント(LCA)の観点から、改質リグニンの原料調達から製造、利用、廃棄に至る二酸化炭素排出削減効果等の環境適合性の定量的評価を進めている。さらに、令和6(2024)年度からは、実用化後の改質リグニンの安定供給を実現するために、改質リグニン事業の全国展開に向けて、複数の地域における実現可能性調査を実施している。
CNFは、木材の組成の約4~5割を占める主要成分の一つであるセルロースの繊維をナノメートルレベルまでほぐしたもので、軽量ながら高強度である、膨張・収縮しにくい、保水性に優れるなどの特性を持つ素材である。現在、製紙会社等が製造したパルプを原料とするCNF製造設備が各地で稼働しており、主にプラスチック複合用の強化繊維や機能性添加剤として、輸送機器部品、紙おむつ、筆記用インク、運動靴、化粧品、食品等の一部の製品に使用されている。林野庁では、森林資源の豊富な中山間地域に適した規模で、木材を原料としてCNFを製造・利用する技術の開発を支援してきており、これまでに、スギ材から製造したCNFを用いた、木製フェンス等の外構材用の木材保護塗料が製造・販売されている。また、令和6(2024)年度からは、広葉樹材等を原料とし、CNFと比べ繊維をほぐす工程を少なくすることで製造コストを低減した新たなセルロース由来素材の開発も支援している。

(*45)総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の課題のうち、「次世代農林水産業創造技術」の「地域のリグニン資源が先導するバイオマス利用システムの技術革新」の課題を担当する産学官連携による研究コンソーシアム(研究実施期間は平成26(2014)~30(2018)年度)。
(*46)SBIRはSmall/Startup Business Innovation Researchの略。SBIR制度とは、「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」に基づき、スタートアップ等による研究開発とその成果の事業化を支援し、それによって我が国のイノベーション創出を促進することを目的とした制度。本制度に基づく事業として、概念実証や実現可能性調査を支援するフェーズ1、実用化開発支援を行うフェーズ2、大規模技術実証を支援するフェーズ3がある。
(イ)木質バイオマスのエネルギー利用
(木質バイオマスエネルギー利用の概要)
木材は、かつて木炭や薪としても日常的に利用されていた。近年では、再生可能エネルギーの一つとして、燃料用の木材チップや木質ペレット等の木質バイオマスが再び注目されている。これらを発電、熱利用又は熱電併給といった形で利用することは、エネルギー自給率の向上、災害等の非常時にも電源・熱源として利用できることによるレジリエンスの向上、我が国の森林整備・林業活性化等の役割を担い、地域の経済・雇用への波及効果も期待できる。また、発電や熱利用に加え、近年技術開発が進められている持続可能な航空燃料(SAF(*47))についても、原料として木質バイオマスを利用する動きがみられる。
一方、木質バイオマス発電の急速な進展により、燃料材の需要が急激に増加し、マテリアル利用向けを始めとした既存需要者との競合や、森林資源の持続的利用等への懸念が生じている。このため、木材を建材等の資材として利用した後、ボードや紙等としての再利用を経て、最終段階で燃料として利用する「カスケード利用」や、材の状態・部位に応じて製材など価値の高い用材から順に利用し、従来であれば林内に放置されていた未利用の木材を燃料とすることを基本として木材の利用を進める必要がある。このような状況を踏まえて、木質バイオマスの安定的・効率的な供給に引き続き取り組む必要がある。
(*47)Sustainable Aviation Fuelの略。
(木質バイオマスエネルギー利用量の概況)
近年では、木質バイオマス発電所の増加等により、エネルギーとして利用される木質バイオマスの量が年々増加している。令和5(2023)年には、木炭、薪等を含めた燃料材の国内消費量は前年比17.9%増の2,047万m3となっており、うち国内生産量は1,132万m3(前年比10.6%増)、輸入量は916万m3(前年比28.5%増)となっている(資料3-25)。
事業所においてエネルギー利用されている木質バイオマスのうち、木材チップについては、間伐材・林地残材等由来が501万トン、製材等残材(*48)由来が174万トン、建設資材廃棄物(*49)由来が391万トン、輸入チップ・輸入丸太由来チップが54万トン等となっており、合計1,158万トン(前年比4.8%増)となっている(*50)。木質ペレットについては、国内製造が12万トン、輸入が382万トンとなっており、合計394万トン(前年比72.1%増)となっている。
エネルギー利用されている木質バイオマスの利用先をみると、国内製造によるものは発電機のみ所有する事業所、ボイラーのみ所有する事業所及び発電機・ボイラーの両方を所有する事業所で利用されているのに対し、輸入によるものはほとんどが発電機のみ所有する事業所で利用されている(資料3-26)。
このほか、令和5(2023)年には、薪で4万トン(前年比5.5%減)、木粉(おが粉)で34万トン(前年比16.7%減)等がエネルギーとして利用されている(*51)。
令和4(2022)年9月に改訂されたバイオマス活用推進基本計画(第3次)においては、林地残材について、令和元(2019)年の年間発生量約970万トンに対し約29%にとどまっている利用率を、令和12(2030)年に約33%以上とすることが目標として設定されている。近年の燃料材需要の増加を背景に、令和4(2022)年については林地残材の利用率は約38%(*52)となったが、燃料材の需要は今後も増加することが見込まれるため、燃料材の安定供給に向けて、引き続き林地残材の活用に取り組んでいく必要がある。
(*48)製材工場等で発生する端材。
(*49)建築物の解体等で発生する解体材・廃材。国土交通省「平成30年度建設副産物実態調査」によると、平成30(2018)年度の発生量は約550万トンに上り、そのうち約530万トンが利用されている。
(*50)農林水産省「令和5年木質バイオマスエネルギー利用動向調査」。ここでの重量は、絶乾重量。
(*51)農林水産省「令和5年木質バイオマスエネルギー利用動向調査」
(*52)農林水産省「バイオマス種類別の利用率等の推移」
(木質バイオマスによる発電の動き)
平成24(2012)年に導入された再生可能エネルギーの固定価格買取(FIT)制度(*53)や令和4(2022)年に導入されたFIP制度(*54)では、木質バイオマスにより発電された電気の調達価格や基準価格(*55)が、使用する木質バイオマスの区分ごとに設定されている。
林野庁では、木質バイオマスの適切な分別・証明が行われるよう、平成24(2012)年に「発電利用に供する木質バイオマスの証明のためのガイドライン」を取りまとめた。同ガイドラインでは、立木竹の伐採又は加工・流通を行う者が、業界の団体等が策定する「自主行動規範」に基づく分別管理及び帳票管理等に係る審査・認定を受け、次の流通過程の関係事業者に対して、納入する木質バイオマスが由来ごとに分別管理されていることを証明することとしている。
FIT制度及びFIP制度の下、各地で木質バイオマスによる発電施設の整備が進んでおり、主に間伐材等由来のバイオマスを活用した発電施設については、令和6(2024)年9月末時点で、出力2,000kW以上の施設57か所、出力2,000kW未満の施設102か所がこれらの制度による認定を受けて売電を行い、合計発電容量は596,112kWとなっている(*56)。これによる年間の発電量は、一般家庭約131万世帯分の電力使用量に相当する試算になる(*57)。近年は、出力2,000kW未満の発電施設の稼働数の伸びが大きく、この中には、ガス化熱電併給設備(*58)により、電気と同時に熱を供給できるものも多く含まれている。
(*53)電力会社が、固定価格で、再生可能エネルギーにより発電された電気を買い取る制度。FITはFeed-in Tariffの略。
(*54)市場取引等により再生可能エネルギー電気を供給する場合に、一定の交付金(プレミアム)を受けることができる制度。FIPはFeed-in Premiumの略。
(*55)調達価格は、FIT制度において、電力会社が電気を買い取る際の価格。基準価格は、FIP制度において、市場買取価格に上乗せされる補助額の算定の基準となる価格。
(*56)「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法」に基づくRPS制度からの移行分を含む。
(*57)発電施設が1日当たり24時間、1年当たり330日間稼働し、一般家庭が1年当たり3,600kWhの電力量を使用するという仮定により試算。
(*58)木材を加熱することにより熱分解し、一酸化炭素や水素等を含む可燃性ガスに変換した上で、そのガスを燃料としてガスエンジン発電機等により発電を行うとともに、発生する熱を温水等として供給する設備。
(燃料材の安定供給等に向けた取組)
木質バイオマス発電では、燃料材の安定調達や発電コストの7割を占める燃料費の低減が課題である(*59)。特に近年は、発電施設の増加、合板や製紙等向け需要との競合、円安等による輸入燃料の調達コストの上昇等により、燃料材の安定調達への懸念が高まっている。
このため、林野庁では、全木集材(*60)による枝条等の活用や林地残材の効率的な収集・運搬システムの構築などを通じた燃料材の安定供給を支援している。また、FIT制度及びFIP制度による発電施設の認定について農林水産大臣が経済産業大臣の協議を受けた際に、林野庁では、都道府県との連携を強化しながら、発電事業者による燃料材の安定調達や既存需要者への影響の観点から発電事業者の燃料調達計画の確認を行っている。さらに、経済産業省と連携し、燃料用途としても期待される早生樹の植栽等に向けた実証事業を支援している。
また、木質バイオマス発電については、⾧距離を輸送して供給される輸入ペレットなどを念頭に、原料の生産から、加工や輸送、発電に至るまでの温室効果ガス(GHG)の総排出量(ライフサイクルGHG)に関する懸念の声が生じている。そのため、FIT制度及びFIP制度において、バイオマス発電施設におけるライフサイクルGHGの削減の推進に向け、令和4(2022)年度以降に認定される案件(1,000kW以上)については、令和12(2030)年度のライフサイクルGHGを、化石燃料による火力発電に比べて70%削減することとされている(*61)。これを前提に、令和5(2023)年度から令和11(2029)年度までの間について、燃料調達毎に50%削減することが求められている。
(*59)農林水産省・経済産業省「「林業・木質バイオマス発電の成⾧産業化に向けた研究会」報告書」(令和2(2020)年10月)
(*60)伐木現場で枝払いを行わず、枝葉付きの伐倒木をそのまま集材すること。
(*61)資源エネルギー庁「事業計画策定ガイドライン(バイオマス発電)」(令和6(2024)年4月改訂)
(木質バイオマスの熱利用)
木質バイオマスのエネルギー利用においては、地域の森林資源を、地域内で無駄なく利用することが重要である。木質バイオマス発電におけるエネルギー変換効率は、蒸気タービンの場合、通常20~30%程度であるが、熱利用では80%以上を得ることが可能であることから、電気と熱を同時に得る熱電併給を含めて、熱利用を積極的に進める必要がある。また、熱利用や熱電併給は、薪、ペレット等を利用した小規模な施設においても実現できる。
熱利用や熱電併給の基盤となる木質バイオマスを燃料とするボイラーの稼働数は、令和5(2023)年時点では全国で1,834基であり、種類別では、ペレットボイラーが817基、木くず焚(た)きボイラーが759基、薪ボイラーが154基等となっている(*62)。また、令和4(2022)年3月より、木質バイオマスを利用する温水ボイラーのうち、一定のゲージ圧力等以下のものは、労働安全衛生法施行令に基づく規制区分が簡易ボイラーに変更されたことから、木質バイオマスを燃料とするボイラーの普及が進むことが期待される。
(*62)農林水産省「令和5年木質バイオマスエネルギー利用動向調査」
(「地域内エコシステム」の構築)
「地域内エコシステム」は、関係者の連携の下、熱利用又は熱電併給により、地域の森林資源を地域内で持続的に活用するものである。このような取組は、林業収益の向上等により、林業の持続的かつ健全な発展や森林の適正な整備及び保全に貢献することが期待されるほか、化石燃料からの転換によるエネルギー自給率の向上、災害時等のレジリエンスの向上など多様な効果が期待される(事例3-5)。
林野庁では、「地域内エコシステム」のモデル構築に向け、地域協議会の運営や木質バイオマスの熱利用等に係る技術開発・改良の取組のほか、「地域内エコシステム」に係る知見等を全国に横展開していくための取組を支援している。
事例3-5 地域の森林資源を活かした熱供給事業の取組
山形県の南に位置する置賜(おきたま)地域は、森林の多くが広葉樹の天然林や利用期を迎えた人工林であり、県内でも森林蓄積量が大きい地域となっている。
そのような中、山形県⾧井(ながい)市の那須建設株式会社は、地域の森林資源を活かした再生可能エネルギー供給事業に取り組んでおり、自社で木質バイオマスボイラーを設置・運用することで熱エネルギーを販売・供給する「置賜地域熱供給システム」を先導している。置賜地域は全国有数の豪雪地帯であることから熱利用の需要が高く、現在は町役場、学校、宿泊施設、介護施設、温泉等、公的施設から民間施設まで幅広く供給されている。
公的機関ではなく民間企業が先導している本取組は、地域活性化の役割だけでなく、外部関係者へのモデルケースとしての役割も果たしており、他地域でも熱供給の取組が進展していくことが期待される。
お問合せ先
林政部企画課
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