第1部 第3章 第2節 木材利用の動向(3)
(3)木質バイオマスの利用
(ア)木質バイオマスの新たなマテリアル利用

化石資源由来の既存製品等からバイオマス由来の製品等への代替を進めるため、木質バイオマスから新素材等を製造する技術や、これらの物質を原料とした具体的な製品の開発が進められている。
令和3(2021)年5月に農林水産省が策定した「みどりの食料システム戦略」において、改質リグニンやCNF(セルロースナノファイバー)を活用した高機能材料の開発及び改質リグニン等に続く木質由来新素材の開発に取り組むこととされている。また、「脱炭素成⾧型経済構造移行推進戦略(GX推進戦略)」(令和5(2023)年7月閣議決定)において、グリーントランスフォーメーション(*40)(GX)に向けた脱炭素の取組として、森林由来の素材を活かしたイノベーションの推進等に向けた投資を促進することとされている。
CNFは、木材の主要成分の一つであるセルロースの繊維をナノメートルレベルまでほぐしたもので、軽量ながら高強度、膨張・収縮しにくい、保水性に優れるなどの特性を持つ素材である。現在、CNF製造設備が各地で稼働しており、紙おむつ、筆記用インク、運動靴、化粧品、食品、塗料等の製品に使用されている。
リグニンは、木材の主要成分の一つであり、高強度、耐熱性、耐薬品性等の特性が求められる高付加価値材料への活用が期待されている。化学構造が非常に多様であるため、工業材料としての利用が困難であったが、国立研究開発法人森林研究・整備機構を代表とする研究コンソーシアム「SIPリグニン(*41)」において、化学構造が比較的均質なリグニンを有するスギにポリエチレングリコールを混ぜて加熱し、リグニンを改質・抽出した物質(改質リグニン)の製造システムが開発された。平成31(2019)年には、「SIPリグニン」の活動を引き継ぎ、改質リグニンの実用化に向けて、林業や木材産業に加え化学産業や電機産業など幅広い業種が参画して「地域リグニン資源開発ネットワーク(リグニンネットワーク)」が設立された。その後、振動板に改質リグニンを使用したスピーカーが商品化されたほか、改質リグニンを素材とする高機能な樹脂などを用い、様々な製品開発が進められている(資料3-20)。令和3(2021)年に、茨城県常陸太田(ひたちおおた)市に改質リグニンの安定生産を実証するプラントが竣(しゅん)工し、試験・研究用のサンプルを提供している。今後は、社会実装に向けて、効率的な大量生産技術の確立が必要となっている。

(*40)産業革命以来の化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換すること。
(*41)総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)の課題のうち、「次世代農林水産業創造技術」の「地域のリグニン資源が先導するバイオマス利用システムの技術革新」の課題を担当する産学官連携による研究コンソーシアム(研究実施期間は平成26(2014)~平成30(2018)年度)。
(イ)木質バイオマスのエネルギー利用
(木質バイオマスエネルギー利用の概要)
木材は、かつて木炭や薪として日常的に利用されていた。近年では、再生可能エネルギーの一つとして、燃料用の木材チップや木質ペレット等の木質バイオマスが再び注目されている。これらを発電、熱利用又は熱電併給といった形で利用することは、エネルギー自給率の向上、災害等の非常時にも電源・熱源として利用できることによるレジリエンスの向上、我が国の森林整備・林業活性化等の役割を担い、地域の経済・雇用への波及効果も期待できる。
一方、木質バイオマス発電の急速な進展により、燃料材の需要が急激に増加し、マテリアル利用向けを始めとした既存需要者との競合や、森林資源の持続的利用等への懸念が生じている。このため、木材を建材等の資材として利用した後、ボードや紙等としての再利用を経て、最終段階で燃料として利用する「カスケード利用」や、材の状態・部位に応じて製材など価値の高い用材から順に利用し、従来であれば林内に放置されていた未利用の木材を燃料とすることを基本として木材の利用を進める必要がある。また、発電や熱利用に加え、近年技術開発が進められている持続可能な航空燃料(SAF(*42))についても、原料として木質バイオマスを利用する動きがみられる。こうした新たな用途も見据えて、木質バイオマスの安定的・効率的な供給に引き続き取り組む必要がある。
(*42)「Sustainable Aviation Fuel」の略。
(木質バイオマスエネルギー利用量の概況)
近年では、木質バイオマス発電所の増加等により、エネルギーとして利用される木質バイオマスの量が年々増加している。令和4(2022)年には、木炭、薪等を含めた燃料材の国内消費量は前年比18.0%増の1,739万m3となっており、うち国内生産量は1,026万m3(前年比9.8%増)、輸入量は713万m3(前年比32.1%増)となっている(資料3-21)。
事業所においてエネルギー利用されている木質バイオマスのうち、木材チップについては、間伐材・林地残材等由来が452万トン、製材等残材(*43)由来が173万トン、建設資材廃棄物(*44)由来が394万トン、輸入チップ・輸入丸太由来チップが43万トン等となっており、合計1,106万トン(前年比3.3%増)となっている(*45)。木質ペレットについては、国内製造が10万トン、輸入が219万トンとなっており、合計229万トン(前年比26.5%増)となっている。
エネルギー利用されている木質バイオマスの利用先をみると、国内製造によるものは発電機のみ所有する事業所、ボイラーのみ所有する事業所及び発電機・ボイラーの両方を所有する事業所で利用されているのに対し、輸入によるものはほとんどが発電機のみ所有する事業所で利用されている(資料3-22)。
このほか、令和4(2022)年には、薪で5万トン(前年比0.2%増)、木粉(おが粉)で40万トン(前年比31.6%減)等がエネルギーとして利用されている(*46)。
令和4(2022)年9月に改訂された「バイオマス活用推進基本計画(第3次)」においては、林地残材について、令和元(2019)年の年間発生量約970万トンに対し約29%にとどまっている利用率を、令和12(2030)年に約33%以上とすることが目標として設定されている。近年の燃料材需要の増加を背景に、令和3(2021)年については林地残材の利用率は約35%(*47)となったが、燃料材の需要は今後も増加することが見込まれるため、燃料材の安定供給に向けて、引き続き林地残材の活用に取り組んでいく必要がある。
(*43)製材工場等で発生する端材。
(*44)建築物の解体等で発生する解体材・廃材。国土交通省「平成30年度建設副産物実態調査」によれば、平成30(2018)年度の発生量は約550万トンに上り、そのうち約530万トンが利用されている。
(*45)農林水産省「令和4年木質バイオマスエネルギー利用動向調査」。ここでの重量は、絶乾重量。
(*46)農林水産省「令和4年木質バイオマスエネルギー利用動向調査」
(*47)農林水産省「バイオマス種類別の利用率と推移」
(木質バイオマスによる発電の動き)
平成24(2012)年に導入された再生可能エネルギーの固定価格買取(FIT)制度(*48)や令和4(2022)年に導入されたFIP制度(*49)では、木質バイオマスにより発電された電気の調達価格や基準価格(*50)が、使用する木質バイオマスの区分ごとに設定されている。
林野庁では、木質バイオマスの適切な分別・証明が行われるよう、平成24(2012)年に「発電利用に供する木質バイオマスの証明のためのガイドライン」を取りまとめた。同ガイドラインでは、立木竹の伐採又は加工・流通を行う者が、業界の団体等が策定する「自主行動規範」に基づく分別管理及び帳票管理等に係る審査・認定を受け、次の流通過程の関係事業者に対して、納入する木質バイオマスが由来ごとに分別管理されていることを証明することとしている。
FIT制度及びFIP制度の下、各地で木質バイオマスによる発電施設の整備が進んでおり、主に間伐材等由来のバイオマスを活用した発電施設については、令和5(2023)年9月末現在、出力2,000kW以上の施設55か所、出力2,000kW未満の施設83か所がこれらの制度による認定を受けて売電を行い、合計発電容量は569,056kWとなっている(*51)。これによる年間の発電量は、一般家庭約125万世帯分の電力使用量に相当する試算になる(*52)。近年は、出力2,000kW未満の発電施設の稼働数の伸びが大きく、この中には、ガス化熱電併給設備(*53)により、電気と同時に熱を供給できるものも多く含まれている。
(*48)電力会社が、固定価格で、再生可能エネルギーにより発電された電気を買い取る制度。FITは「Feed-in Tariff」の略。
(*49)市場取引等により再生可能エネルギー電気を供給する場合に、一定の交付金(プレミアム)を受けることができる制度。FIPは「Feed-in Premium」の略。
(*50)調達価格は、FIT制度において、電力会社が電気を買い取る際の価格。基準価格は、FIP制度において、市場買取価格に上乗せされる補助額の算定の基準となる価格。
(*51)「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法」に基づくRPS制度からの移行分を含む。
(*52)発電施設が1日当たり24時間、1年当たり330日間稼働し、一般家庭が1年当たり3,600kWhの電力量を使用するという仮定により試算。
(*53)木材を加熱することにより熱分解し、一酸化炭素や水素等を含む可燃性ガスに変換した上で、そのガスを燃料としてガスエンジン発電機等により発電を行うとともに、発生する熱を温水等として供給する設備。
(燃料材の安定供給等に向けた取組)
木質バイオマス発電では、燃料材の安定調達や発電コストの7割を占める燃料費の低減が課題である。特に近年は、発電施設の増加、合板や製紙等向け需要との競合、円安等による輸入燃料の調達コストの上昇等により、燃料材の安定調達への懸念が高まっている。
このため、林野庁では、全木集材(*54)による枝条等の活用や林地残材の効率的な収集・運搬システムの構築などを通じた燃料材の安定供給を支援している。また、FIT制度及びFIP制度による発電施設の認定について農林水産大臣が経済産業大臣の協議を受けた際に、林野庁では、都道府県との連携を強化しながら、発電事業者による燃料材の安定調達や既存需要者への影響の観点から発電事業者の燃料調達計画の確認を行っている。さらに、経済産業省と連携し、燃料用途としても期待される早生樹の植栽等に向けた実証事業を支援している。
また、木質バイオマス発電については、⾧距離を輸送して供給される輸入ペレットなどを念頭に、原料の生産から、加工や輸送、発電に至るまでの温室効果ガス(GHG)の総排出量(ライフサイクルGHG)に関する懸念の声が生じている。そのため、FIT制度及びFIP制度を所管する経済産業省において、バイオマス発電施設におけるライフサイクルGHGの削減に関する議論が行われ、令和4(2022)年度以降に認定される案件(1,000kW以上)については、令和12(2030)年度のライフサイクルGHGを、火力発電に比べて70%削減することが求められることとなった(*55)。これを前提に、令和5(2023)年度から令和11(2029)年度までの間について、燃料調達毎に50%削減することが求められることとなった。
(*54)伐木現場で枝払いを行わず、枝葉付きの伐倒木をそのまま集材すること。
(*55)資源エネルギー庁「事業計画策定ガイドライン(バイオマス発電)」(令和5(2023)年10月改定)
(木質バイオマスの熱利用)
木質バイオマスのエネルギー利用においては、地域の森林資源を、地域内で無駄なく利用することが重要である。木質バイオマス発電におけるエネルギー変換効率は、蒸気タービンの場合、通常20~30%程度であるが、熱利用では80%以上を得ることが可能であることから、電気と熱を同時に得る熱電併給を含めて、熱利用を積極的に進める必要がある。また、熱利用や熱電併給は、薪、ペレット等を利用した小規模な施設においても実現できる。
熱利用や熱電併給の基盤となる木質バイオマスを燃料とするボイラーの稼働数は、令和4(2022)年時点では全国で1,849基であり、種類別では、ペレットボイラーが824基、木くず焚(た)きボイラーが784基、薪ボイラーが148基等となっている(*56)。また、令和4(2022)年3月より、木質バイオマスを利用する温水ボイラーのうち、一定のゲージ圧力等以下のものは、労働安全衛生法施行令に基づく規制区分が簡易ボイラーに変更されたことから、木質バイオマスを燃料とするボイラーの普及が一層進むことが期待される。
(*56)農林水産省「令和4年木質バイオマスエネルギー利用動向調査」
(「地域内エコシステム」の構築)
「「地域内エコシステム」は、地域の関係者の連携の下、熱利用又は熱電併給により、地域の森林資源を地域内で持続的に活用するものである。このような取組は、林業収益の向上等により、林業の持続的かつ健全な発展や森林の適正な整備及び保全に貢献することが期待されるほか、化石燃料からの転換によるエネルギー自給率の向上、災害時等のレジリエンスの向上など多様な効果が期待される(事例3-4)。
林野庁では、「地域内エコシステム」のモデル構築に向け、地域協議会の運営や木質バイオマスの熱利用等に係る技術開発・改良の取組のほか、「地域内エコシステム」に係る知見等を全国に横展開していくための取組を支援している。
事例3-4 木質バイオマス熱供給事業の取組
⾧崎県対馬(つしま)市では、市内の木材生産量が拡大する中で低質材を活用するため、木質バイオマス熱利用のノウハウを有する事業者がチップボイラー等の設備の導入や運転、管理を一貫して担う形態を採用し、木質バイオマスエネルギーの導入を進めている。
地元の林業・木材関連事業者とバイオマス専門企業の共同出資により設立されたエネルギー供給事業者である株式会社エネルギーエージェンシーつしまは、市の温浴施設に木質チップボイラー設備(500kW)を設置し、令和4(2022)年8月から熱供給サービスを開始した。温浴施設側はサービスに対して料金を支払うことで熱供給を受けている。同ボイラーは、製材端材等を原料とする木質チップを年間約600トン利用している。また、災害発生時に温浴施設が避難拠点となることを想定して、電力系統遮断時にも自立的な稼働が可能な仕様としている。
こうしたエネルギー供給サービスを活用した木質バイオマスの熱利用については、熱需要者にとっては、初期投資を避けられること、燃料の調達やボイラーの運用等のノウハウが不要になることなどのメリットがあることから、地域における木質バイオマスの熱利用の普及に寄与するものと期待される。
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