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林野庁

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第1部 特集1 第5節 今後の林業経営の可能性

(これからの林業の収支構造)

素材生産の生産性向上、造林コストの低減等の取組を行った場合に、現状の林業経営の収支構造を実際に大きく転換できるのか、林野庁は、令和2(2020)年11月に試算結果を提示した(*69)。その際には、現時点で実装可能な技術を前提とした取組による「近い将来」の姿と、さらに自動化機械など研究開発中の新技術を含めて実装された場合の「新しい林業」の姿を提示するとともに、高性能林業機械等を効率的に稼働できる施業面積が確保されている前提で、施業地1ha当たりのコスト構造を提示した(資料 特1-47)。


この試算結果によると、施業地1ha当たりの収支について、「近い将来」においては、生産性向上の取組や2,000本/haの植栽等により、作業員賃金を10%以上向上した上で、植栽から主伐までの全サイクルを通じて、71万円の黒字化が可能となる。

さらに、「新しい林業」においては、作業員賃金を東京国税局管内の他産業従事者の平均年収見合いに引き上げた上で、黒字幅が113万円に拡大される。

この試算には、市場開拓や川中・川下との連携等で木材の販売単価を上げていく取組は考慮されていない。流通コストの合理化分も基本的に反映されておらず、更なる収益改善の可能性も開けている。

そして、このように生み出された黒字は、経営報酬や投資の原資となるとともに、森林所有者への還元の原資ともなり、再造林の意欲を高めることにつながっていくことが期待されるものである。

なお、この試算の造林費用には獣害防護柵の費用を入れているが、獣害は再造林の意欲をそぐ要因の一つとなっている。農作物や生態系への被害もあることから、環境省と農林水産省は個体数を半減させる捕獲目標を設定し捕獲の強化に取り組んでおり、造林費用の削減につながる今後の成果が期待される(*70)。


(*69)林野庁「林業経営と林業構造の展望②」(林政審議会(令和2(2020)年11月16日)資料3)

(*70)獣害対策については、第1章第3節(4)98-100ページを参照。



(地域の実情に応じた経営展開)

この試算は、あくまで一定の条件を置いたものであり、林業経営体においては、それぞれの規模、地域の気候条件、地質、傾斜等の条件の下で、需要動向も踏まえつつ、経営方針を選択していくことになる。

その際には、この試算も参考としながら取り組んでいくことが期待される。例えば、「近い将来」の試算では、高性能林業機械等を効率的に稼働できる規模として、年間9千m3の素材生産量と年23ha程度の主伐・再造林面積が必要と想定した(*71)。つまり、エリートツリー等を考慮せず50年伐期で施業を行う森林所有者の場合、1,150ha以上が効率良く機械を運用できる規模となる。しかし、1,000ha以上の森林を保有する林業経営体は全体の1%程度と少ない(*72)。森林保有面積がこの面積に満たない林業経営体は、森林施業の受託等により高性能林業機械の稼働率を上げていくことが選択肢の一つであり、施業の集積・集約化が重要である。また、高額な高性能林業機械を導入せず、少ない木材生産量に合わせた簡易な作業システムを用い、搬出コストを抑えた上で、利益の確保を図ることも合理的である。

傾斜については、急しゅんな森林から架線で搬出する場合は、試算に比べ生産コストが高くなると考えられ、それを踏まえ、育林方法や樹種も考えていく必要がある。

試算は並材生産を前提としているが、森林の状況や施業履歴を踏まえ、間伐を繰り返す長伐期施業や優良材生産を行う経営に取り組む選択もある。この場合、単木での伐採となるため、高密度の路網が必要となるが、小規模の林業経営体にも適した施業方法となる。このような小規模の林業経営体も、森林を持続的に活用し、効率的かつ安定的な林業経営と相補って、需要に応じて優良材の生産を行うなど地域林業を支える主体として重要である。

各々の林業経営体がその状況に応じて経営戦略を立て、地域全体で森林を守ることが重要であり、この戦略の前提として、森林のどこに、どれだけの森林資源があるか、また、どれくらいの期間で販売先に届けられるかといった「山の在庫」の把握、共有を進めていくことも大切となる。


(*71)1経営体が作業員を通年雇用し、素材生産と造林・保育の作業班をそれぞれ1班所有しているとして想定。

(*72)農林水産省「2020年農林業センサス」



(多様で健全な森林への誘導)

持続的に林業経営を行い、森林資源を保続させることが重要であるが、一方で、自然条件に照らして林業経営に適さない人工林については、管理コストの低い針広混交林等へ誘導していくことも重要である。

このため、森林計画制度を通じて地域の関係者の下で、個々の森林が発揮すべき機能等に基づくゾーニングが設定され、これに応じた適切な施業が行われる必要がある(*73)。また、このことは、森林経営管理制度において、市町村が林業経営に適した森林等を判断するためにも重要である。

林業経営体がある区域の人工林を皆伐する場合においても、その全てを伐採するのでなく、谷筋や尾根筋等を保護樹帯として残すことで、林地の保全効果が期待される。また、広葉樹の輸入量が減少し、国内における広葉樹材の生産への関心が高まっている中、人工林内に侵入した広葉樹を残したり、積極的に育成したりすることが将来的な販売につながる可能性もある。

このように、多様な森林を形成することは、国土保全や生物多様性保全等だけでなく、林業経営上も有利となる場面がある。まさにSDGsに貢献する持続可能な林業経営として社会にアピールしていかねばならない。


(*73)森林計画制度については、第1章第1節(2)69-72ページを参照。



(創意と工夫を発揮した経営展開)

林業経営をめぐっては、森林経営管理法の制定、多様な事業連携を可能とする森林組合法改正等、それぞれの戦略に応じた経営を展開するための制度的枠組みの整備が進んできた。

今後、これらの枠組みも十分に活用しながら、それぞれの林業経営体が創意と工夫を発揮して、森林や経営の持続性を高めながら成長発展していくことが期待される。そして、この森林をフィールドとして展開される活動は、我が国における2050年カーボンニュートラルやSDGsの達成等、社会経済全体の課題解決への貢献にもつながっていくものであり、林野庁や地方公共団体は、このような前向きな挑戦を後押していく。


お問合せ先

林政部企画課

担当者:年次報告班
代表:03-3502-8111(内線6061)
ダイヤルイン:03-6744-2219

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