第1部 第1章 第3節 森林保全の動向(2)
(2)山地災害等への対応
(治山事業の目的及び実施主体)
治山事業(*40)は、森林の有する公益的機能の確保が特に必要なものとして指定される保安林等において、山腹斜面の安定化や荒廃した渓流の復旧整備等を実施するものであり、森林の維持・造成を通じて森林の機能を維持・向上させ、山地災害等から国民の生命・財産を守ることに寄与するとともに、水源の涵(かん)養や、生活環境の保全・形成を図る重要な国土保全施策の一つである(事例1-8)。
民有林内は都道府県が、国有林内は国(森林管理局)が実施主体となる。また、民有林内であっても事業規模の大きさや高度な技術の必要性を考慮し、国土保全上特に重要と判断されるものについては、都道府県の要請を受けて国が実施主体となる場合がある(民有林直轄治山事業)。
事例1-8 令和5年6月に発生した大雨における熊本県の治山施設の効果
令和5(2023)年6月28日から7月16日にかけて、梅雨前線が日本付近に停滞し、前線に向かって暖かく湿った空気が流れ込んだ影響で前線の活動が活発となり、線状降水帯が発生するなど、九州地方を中心に、北海道や東北、山陰地方など、広い範囲で大雨となった。
この大雨により、熊本県では、浸水や土砂流出などが発生し、林野関係でも林地荒廃36か所、治山施設11か所、林道施設等303か所等の甚大な被害が発生した。
このような中、熊本県高森町(たかもりまち)境ノ谷(さかいのたに)地区においては、熊本県が整備した流木捕捉式治山ダム(平成20(2008)年度施工)が流下してきた流木を捕捉し、下流への流出が抑制された結果、当地区における山地災害による被害を防止した。
(*40)森林法で規定される保安施設事業及び地すべり等防止法で規定される地すべり防止工事に関する事業。
(山地災害等の発生状況及び迅速な対応)
近年の気候変動に伴い、短時間強雨の年間発生回数が増加し、線状降水帯の発生などにより期間中の総降水量が増加する傾向がみられている。また、このような大雨の激化・頻発化により山地災害が激甚化している。令和5(2023)年は、令和5年奥能登地震、梅雨前線による大雨や台風第6号及び第7号等により、山地災害等の被害箇所は、林地荒廃1,268か所、治山施設156か所、林道施設等1万270か所の計1万1,694か所、被害額は約934億円に及んだ(資料1-23)。
このような山地災害等の発生に対し、林野庁では、初動時の迅速な対応に努めるとともに、特に大規模な被害が発生した場合には、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)との協定に基づく人工衛星からの緊急観測結果の被災県等への提供、ヘリコプターやドローンを活用した被害状況調査、被災地への職員派遣(農林水産省サポート・アドバイスチーム(MAFF-SAT))等の技術的支援を行い、早期復旧に向けて取り組んでいる。令和5(2023)年には、甚大な被害が発生した9県へ林野庁及び森林管理局・署から延べ54人のMAFF-SAT職員の派遣や、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所との合同の現地調査など、応急対策や復旧工法に関する技術的助言を行った。
また、二次災害の防止や早期復旧に向けて災害復旧等事業の実施にも取り組んでおり、令和5(2023)年には、全国で146地区の事業採択を行い、復旧対策を実施している。
そのほか、令和2(2020)年に発生した「令和2年7月豪雨」では、特に被害が甚大であった熊本県において、県からの要請を受けた九州森林管理局が、県に代わって36地区の被災した治山施設や林地の復旧を実施し、令和5(2023)年9月に全ての地区が完了した(*41)。
令和6(2024)年1月1日に発生した「令和6年能登半島地震」では、石川県輪島(わじま)市及び志賀町(しかまち)で震度7を観測したほか、北海道から九州地方の幅広い地域で地震が観測された。死者244名(災害関連死を含む。)、負傷者1,300名など甚大な被害が発生するとともに、山地災害等の被害は、林地荒廃78か所、治山施設40か所、林道施設等709か所の計827か所に及び、被害額は218億円に達している(令和6(2024)年3月31日時点)。
(*41)「令和2年7月豪雨」に係る復旧事業については、第4章第2節(1)168ページを参照。
(防災・減災、国土強靱(じん)化に向けた取組)
「防災・減災、国土強靱化のための5か年加速化対策」(令和2(2020)年12月閣議決定)において重点的に取り組むべきとされている、人命・財産の被害を防止・最小化するための対策として、林野庁では、山地災害危険地区(*42)や重要なインフラ施設周辺等を対象とした治山対策及び森林整備に取り組んでいる。
また、林野庁では、令和2(2020)年度に学識経験者を交えて「豪雨災害に関する今後の治山対策の在り方に関する検討会」を開催し、令和3(2021)年3月に、激甚化する山地災害・洪水被害に対応するため重点的に取り組むべき治山対策の方向性を取りまとめた。これを踏まえ、森林・林業基本計画及び全国森林計画において、土砂流出量の増大や流木災害の激甚化等に対応して、きめ細かな治山ダムの配置などによる土砂流出の抑制や渓流域での流木化のおそれのある危険木の伐採等を推進するとともに、洪水被害が甚大になることが懸念される中、保安林整備と山腹斜面の雨水の分散を図る筋工(*43)等の組合せによる森林土壌の保全強化を進めることとしている。
さらに、既存治山施設を有効活用するため、補修や機能強化(かさ上げ、増厚、流木捕捉機能の付加等)を各地で進め、効率的な事前防災対策につなげている。
これらの事業の実施に当たっては、急峻な地形など厳しい現場条件での施工の増加等に対応して、安全かつ効率的に事業を実施するため、ICT等の活用を進めている(事例1-9)ほか、「流域治水(*44)」として関連省庁との連携を推進するなど、効果的な対策を実施している。
これらに加え、地域における避難体制の整備等の取組と連携して、地域住民に対する山地災害危険地区の地図情報の提供、防災講座等のソフト対策を実施している。
林野庁では、治山事業を計画的に推進するため、森林整備保全事業計画において、治山事業の実施により周辺の森林の山地災害防止機能等が確保される集落数の増加を目標として設定している。具体的には、令和5(2023)年度までに5万8,600集落を目標としており(基準値5万6,200集落(平成30(2018)年度))、令和4(2022)年度末では約5万7,700集落となっている。
事例1-9 治山事業におけるICT活用
兵庫県朝来(あさご)市八代(やしろ)地区における治山事業の現場では、ICT 技術を活用した治山ダムの整備が行われた。起工測量時等にドローンを活用することで急勾配な法(のり)面での作業による転落の危険性が低減し、3次元測量データによる立体的な位置情報の取得により施工状況を面的に管理することでより正確な施工管理が可能となるなど、現場作業が省力化・効率化されるとともに安全性が向上した。
さらに、GPSを利用した位置計測・表示システム(マシンガイダンス機能)を搭載したバックホウを導入することで、土砂掘削時にバックホウのモニターでリアルタイムに設計面を確認でき、施工性の向上につながった。
(*42)都道府県及び森林管理局が、山地災害により被害が発生するおそれのある地区を調査・把握しているものであり、昭和47(1972)年に調査が開始されて以来、事業実施箇所の選定等に活用している。
(*43)山地斜面において、丸太を等高線に沿って配置し、地表水を分散させ表面侵食を防止するとともに、土壌を保持し雨水の浸透を促進する工法。
(*44)流域治水の取組については、「令和4年度森林及び林業の動向」特集第4節(2)21-22ページを参照。
(海岸防災林の整備)
我が国の海岸では、飛砂害や風害、潮害等を防ぐため、マツ類を主体とする海岸防災林の整備・保全が全国で進められてきた。これに加え、東日本大震災では海岸防災林が津波エネルギーの減衰や到達時間の遅延、漂流物の捕捉等の被害軽減効果を発揮したことを踏まえ、平成24(2012)年に、海岸防災林の整備を津波に対する「多重防御」施策の一つとして位置付け(*45)、被災した海岸防災林の再生及び全国的な海岸防災林の整備を進めている。
具体的には、根の緊縛力を高め、根返りしにくい林帯を造成するため、盛土による生育基盤の確保、植栽等の整備を進めてきたところであり、今後は、海岸部は地下水位が高いエリアが多いことに留意した適切な保育管理等を通じて、津波に対する被害軽減、飛砂害や風害、潮害の防備等の機能が総合的に発揮される健全な海岸防災林の育成を図ることとしている。林野庁は、令和5(2023)年度までに、適切に保全されている海岸防災林等の割合を100%とする目標を定めており(基準値96%(平成30(2018)年度))、令和4(2022)年度における割合は98%となっている。
(*45)中央防災会議防災対策推進検討会議「防災対策推進検討会議 最終報告」(平成24(2012)年7月31日)
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