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中部森林管理局

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城山史跡の森

長野県の中部に位置する木曽町福島の市街地に隣接する城山周辺には、国有林、県有林(一部は木曽青峰高校の演習林として利用)、寺社有林からなる里山があり、それらを総称して「城山史跡の森」と呼んでいます。戦国時代の後期に、木曽氏十八代領主の義康によって詰城が築かれ、「城山」と呼ばれるようになりました。JR木曽福島駅から徒歩1 時間程度で木曽ヒノキの大木を見ることができるのも、大きな特徴の一つです。その他にもサワラ、モミ、ツガ、トチ、ケヤキ等豊富な樹種の大木を見ることができます。

Googleストリートビューで見てみよう

 城山史跡の森には、全部で7つの散策コースがあります。
Googleストリートビューでは、城山史跡コースと権現滝コースの2コースを見ることができます。


権現滝


カザグルマ


カモシカ

  
その他のコース
大樹の森コース
城山史跡の森の最高峰「児野山」から福島城趾に連なる尾根沿いを歩くコースです。
けもの道で、人の手が加えられておらず、天然の針葉樹・広葉樹を見ることができます。

演習林コース
日陰を好む植物が多く生育しており、手入れされた人工林を見る事ができます。
平日は木曽青峰高校の演習林として使われているので立入禁止です。

興禅寺山尾根コース
福島城の本丸や二の丸、三の丸から分かれた尾根を歩くコースです.
尾根からは、人工林や天然林を見ることができます。

水辺のコース
木曽川に流れていく黒川の清流や黒川渡ダムの湖面に沿った平坦なコースです。
黒川渡ダムより奥は林道で、木曽青峰高校の演習林へと続きます。

試験の森コース
国内や外国の樹種の生長試験や耐寒試験等が行われています。


国有林おさんぽMAP ▶(PDF : 984KB)

見どころ

福島城趾


   

 この城は、天文年間木曽氏十八代の領主義康によって福島城(上の段城)の詰めの城として築かれたと言われ、向城(向かい側の城)と呼ばれていたことが現在の地名によって伺われます。
 木曽川から標高差270mの険しい地形を利用して建てた山城で、城跡は尾根筋に出来ており、本丸、二の丸の間には窪地があり空堀になっています。それから続く平坦な場所に三の丸があり、これも窪地により区画されていたことがはっきり残っています。要害堅固な戦国末期の典型的な山城形式を伺うことが出来る史跡として重要なものであり、中世城郭跡として町の史跡指定を受けています。



権現滝


 

 木曽義仲が平家追討の兵を挙げた際に、この滝で御岳大権現の出現を願い、沐浴祈願したことから名付けられたと言われています。滝を流れる水は冬でも枯れることはなく、しばし下界の煩わしさを忘れさせてくれるスポットです。



木曽義仲公の墓


   

 木曽義仲(源義仲)は武蔵国の大蔵館(現在の埼玉県比企郡嵐山町)で生まれ、信濃国木曽谷で育ったと伝えられています。治承4年(1180年)に義仲は木曽地方で旗挙げしました。源平争乱後、粟津ヶ原(現在の滋賀県大津市)で討ち死しました。(享年31歳)
 興禅寺にある墓は、義仲と木曽氏の三基並んだ墓を木曽氏が建立したといわれています。


紅葉ヶ丘からの眺望


   

 権現滝コースの途中にあり、地元高校生が作成したベンチが設置してあります。、木曽川に沿った木曽町の町並みや、遠くに木曽駒ヶ岳を望むことができます。秋には名前のとおり見事な紅葉に出会えます。



児野山


   

 児野山(1280.9m)は、地元中学校等の木曽駒ヶ岳登山の前に足慣らしに登ることもあるような身近な山です。城山史跡の森としての遊歩道や登山道の整備がされているので登りやすい山です。山頂からは御嶽山が望めます。


アクセス

  • 中央自動車道塩尻I.C.より国道19号経由で約45km。
  • 中央自動車道中津川I.C.より国道19号経由で約60km。
  • 中央自動車道伊那I.C.より国道361,19号経由で約32km。
  • JR中央本線木曽福島駅より片道約3キロメートルで遊歩道入り口。
          

お問合せ先

木曽森林管理署

担当者:総括事務管理官
ダイヤルイン:0264-52-2083