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東北森林管理局

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    岩手南部森林管理署遠野支署(令和元年5月)

    森林鉄道の車窓から

    附馬牛担当区  森林官
    鈴木  研介

     

      私の勤務する附馬牛森林事務所は、遠野市の北西部(附馬牛地区及び松崎地区)の約1万2千haの国有林を管轄しており、約150件の分収造林契約や共用林野の存在も含め、地域との根強い結びつきを保ち続けています。
      木材生産が盛んであった昭和初期には、遠野市中心部の材木町の貯木場から、当管内の奥山まで総延長29kmの森林鉄道が敷設され、アカマツ、スギ、ヒノキ、ブナを運搬していました。かつての森林鉄道の軌跡に沿って管内を御案内しますので御同乗願います。

     
                      早池峰山(奥)と薬師岳(手前)


      昭和の風情が残る材木町の官舎街を後に、貯木場跡地を出発。軌道は早瀬川を渡り、松崎地区を一路北へと向かいます。遠野郷八幡宮付近を過ぎると、一面に水田が広がり、残雪の美しい薬師岳(1645m)と早池峰山(1917m)が視界に入ってきます。早池峰山は、北上高地の最高峰で地域の厚い信仰を集める山です。小烏瀬川を渡ると軌道は次第に山々に近づき、駒木集落の付近では、遠野市が日本一の生産面積を誇るホップ畑が現れます。また、遠野は古くからの馬産地であり、この集落には乗用馬の育成や調教等を行う施設で、本州唯一の乗用馬市場が開催される「遠野馬の里」があります。この付近からは、薬師岳を源流とする猿ヶ石川を左手に北西に進み附馬牛地区に入り、右手には「遠野ふるさと村」が現れます。この施設では、市内各所から数軒の「曲り家」を移築・保全して山里の集落を再現しており、江戸時代にタイムスリップした気分を楽しめます。

                                    附馬牛の春      


      ふるさと村を過ぎると、当事務所の所在する上柳(じょうやなぎ)に到着します。途中下車をして地元の方の話を聞くと、ゆっくり走る列車に飛び乗り、遠野の町へ行ったことがあると笑顔で語ってくれました。上柳は、附馬牛地区の中心地で、地区センターや小学校などの公共施設が集まっています。毎年春には、附馬牛に新しく赴任した方々が地域に早く馴染めるよう、地区の方が総出で「なじむ会」という歓迎会を開いてくれます。私も温かく歓迎してもらい感激しました。
      上柳を出発し、飼育されている牛や馬を眺めながら、蛇行する猿ヶ石川に沿って北進すると、新緑や紅葉が美しい「重湍渓(ちょうたんけい)」という巨大な花崗岩が階段状に浸食された渓谷を縫うように走り、小出集落を経て、最上流の大出集落に到着します。大出の早池峯神社の神門から社殿を拝すると、その遥か延長線上には早池峰山山頂の奥宮があり、その真上には北極星が輝いてるそうです。毎年7月に斎行される例大祭では、私も神事に参列し、昨年は神輿の担ぎ手も務めました。

                                 晩秋の重湍渓


      大出から先は、拡大造林により薬師岳の中腹まで広がったスギ・カラマツの造林地と、それらを格子状に囲んでいる主にブナから成る天然林の保護樹帯を望みながら一本椈国有林の奥まで軌道は延びていました。森林鉄道は、国有林の奥山で伐採された木材を満載し、材木町貯木場(昭和23年まで)や上柳の水中貯木場(昭和35年頃まで)との間を往復していました。森林軌道は、トラック輸送にその座を譲り廃止になりましたが、附馬牛地区は地区面積の実に59%、11,931haを国有林が占めており、山仕事や多様な林産物の利用等を通じて、地域の人々の暮らしは今も国有林と密接に関わっています。
      近年、地域との付き合いが少なくなっているなかで、昔と変わらぬ深いつながりを保っている当事務所の森林官としての勤務は得難い経験であり、私自身も様々な場面で地域の人々に支えられて仕事をしています。このような地域との関係性こそが遠野支署ひいては国有林を支え続けてくれているのだと思っています。私も、地域の人々から多くを学んでいくとともに、森林官として、かつての森林鉄道のように遠野支署と地域をつないで、地域の暮らしに不可欠な森林事務所を目指したいと思います。