北海道における海岸防災林の施業モデルの作成に向けて
【宗谷森林管理署】
宗谷森林管理署では、メークマ海岸防災林を昭和45年から40年以上にわたり造成してきました。北海道には同様の海岸防災林が民有林を含め多く造成されていることから、海岸防災林の施業モデルの作成を目指した取組を紹介します。
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宗谷地域の概要
当署は、日本最北に位置し全国森林計画で定める天塩川広域流域のうち、宗谷総合振興局管内(幌延町の区域を除く。)の1市7町1村で構成される宗谷流域を管轄しており、その範囲は東西約148キロメートル、南北約100キロメートルに及んでいます。
宗谷流域の面積は約40万5千ヘクタール(全道の5%)で、東部はオホーツク海、西部は利尻島・礼文島がある日本海に面し、約7割を森林が占めており、その内、約4割の約16万ヘクタールが国有林です。
管内には貴重な高山植物や特徴的な湿原植物が見られる等の特色ある自然環境が存在し、これらは利尻礼文サロベツ国立公園、北オホーツク道立自然公園等に指定されています。
また、流域の北部の森林は、過去の度重なる火災等により失われた後、再生されずに未だ笹生地となっているものが多く見られます。
利尻島:利尻山(1,721メートル)を頂点とする円錐形状をなしており、利尻富士町側は、針葉樹の天然更新が良好で、立木の蓄積がヘクタール当たり200~300立方メートルの箇所もあります。
礼文島:礼文岳(490メートル)を最高峰とする低丘陵地帯の地形で、東海岸や中央部低地に針広混交林が見られるほかは、過去の度重なる森林火災等により、未立木地や笹生地が多くなっています。
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利尻富士町・姫沼から望む利尻岳
地域の現状と課題
当署は、稚内市、猿払村、浜頓別町、枝幸町にあわせて約300ヘクタール以上の海岸防災林を造成しており、地域住民の生活環境等を暴風雪や飛砂等から守る大切な役割を果たしています。
管内の民有林にも多くの海岸防災林が造成されており、植栽後数十年が経過し間伐期を迎えており、林木の成長に伴い林内がうっ閉し下層植生が育たない状況となっています。
このままうっ閉状態が続くと、病虫害及び風倒被害等により海岸防災林の衰退を招くおそれがあるため、海岸防災林を健全な状態で維持管理することが地域の課題となっています。
この地域課題を解決するため、メークマ海岸防災林の適切な維持管理手法を確立し、道内の海岸防災林における施業のモデルとなることを目指した取り組みを開始したので報告します。
メークマ海岸防災林の林内。下層植生が育たないほど暗くなっている。
メークマ海岸防災林の概要
メークマ海岸防災林は、稚内空港に隣接しており日本最北に造成された海岸防災林です。
延長3.3キロメートル、幅200メートル~500メートル、面積約105ヘクタールのうち約54ヘクタールがミズナラとトドマツからなる天然林で、約51ヘクタールが人工林です。
メークマ地区は、かつて天然林が海岸を覆っていましたが、明治44年(1911年)、天塩方面の火入れの火が南西の風にあおられ燃え広がり、日本海、オホーツク海まで山火事が達しました。
さらに乱伐により無立木地となったと伝えられており、地域からの強い要請からメークマ地区の森林を復活させるため、昭和45年(1970年)から緑化事業を実施してきました。

メークマ海岸防災林の現況 平成26年(2014年)撮影
日本海、宗谷海峡、オホーツク海の三方から強風が吹きつけ、平均風速10メートル毎秒を超える日が年間で約90日に及ぶ極めて厳しい気象条件のなか緑化事業が実施されてきました。
事業は、厳しい寒さと強風により困難を極めましたが、北海道大学東三郎名誉教授などのご指導のもと、試行錯誤を重ねながら郷土樹種であるアカエゾマツの密植、ハードルフェンス(木製防風堆雪柵)等の導入による防風効果が発揮され、少しずつ苗木の成長が図られたことで、緑豊かな森林が復活しました。
平成25年には、「後世に伝えるべき治山~よみがえる緑~」60選に選ばれました。

森林が消失した状況 昭和22年(1947年)撮影

森林が復活してきた状況 平成19年(2007年)撮影
導入された各種防風柵

海風を防ぐように植栽された海岸防災林 平成10年(1998年)撮影
メークマ海岸防災林の健全化に向けて
学識者等による検討
メークマ海岸防災林を健全な状態に保つためには、現況を把握し、施業方法等を検討する必要があることから、平成26年度に「メークマ海岸林防災林全体計画調査業務」として現況の調査と3回の検討会を行いました。
検討会においては、北海道大学大学院農学研究院 准教授 渋谷正人 氏と森林総合研究所 北海道支所主任研究員 関剛 氏の専門的意見を頂き森林整備計画を作成しました。
第1回目の検討会では、調査の目的や今後の調査項目の基本的事項とともに、今後どのように取り扱うべきかの検討がなされ、海岸林を長く維持することを主眼とすることや、広葉樹を侵入させていくこと、3年から4年の短いサイクルで少量の抜き切りを繰り返すことで森林に対するストレスを少なくすること、作業効率を考え4列に1列、若しくは5列に1列の列状で伐採することとし風向きを考えた伐採列とすることなどについても議論し、その議論を踏まえた現地調査を実施しています。
第2回目の検討会は、調査状況を踏まえ施業方法について議論がなされ、下層植生が更新できないので適度な地表攪乱が必要であることや、収量比数(※1)が0.7以上になれば密度調整のための伐採(以下 本数調整伐)が必要であり、樹冠長率(※2)が50%以下になると本数調整伐が必要であること、モニタリング調査により本数調整伐の効果を検証する等について議論しました。
第3回目の検討会は、調査結果を基に目標林型やエリアごとの施業方法などについて検討され、林齢100年生程度まで現在の林分をできるだけ長く維持することや、平均形状比(※3)70%以下、平均樹冠長率50%以上の林相に近づけていくこと等が議論され、それらを踏まえた基本方針と森林整備計画を策定しました。
※1:収量比数とは、ある樹高における最大の材積をRy=1.0とした時の現実の材積の割合で0.8以上は混みすぎ0.6以下は空きすぎとされている。
※2:樹冠長率とは、樹木の枝と葉の部分を樹冠といい、その長さを樹高で割った値を「樹冠長率」 という。一般に風雪害に強い樹冠長率は50%以上とされている。
※3:形状比とは、樹高を胸高直径で割った値であり70%以下が好ましいとされている。
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検討会の様子
基本方針と森林整備計画について
基本方針は現在の林分を健全に長く維持することとされ、そのために本数調整伐を進めて平均形状比70%以下、平均樹冠長率50%以上の林相に近づけ、林齢100年程度まで維持するとして、これらの考え方を踏まえ林分の状況を考慮したエリア分けをして優先度を定めた森林整備計画を立てています。
また、現状で過密な状態となっている林分が多いため、本数調整伐をできるだけ早期に着手し計画を進めることとされました。

林内の状況
本数調整伐の実施について
森林整備計画の早期進行のため、平成27年度は、この計画に基づいて本数調整伐を5.70ヘクタール実施しています。
本数調整伐は超過密状態(収量比数0.9以上)の箇所より着手し、伐採方法は残った樹木の損傷と作業の効率性や安全性を考慮し列状の伐採としています。
また、伐採の方向は、海からの強風による樹木の倒伏被害の防止を考慮して1伐3残で伐採を実施しています。
伐採した木は、下層植生の回復や病虫害の防止を考慮して林外に運び出しました。

地域の課題解決に向けて
民有林への情報提供
平成27年度の本数調整伐実施後、宗谷地区森林林業活性化協議会(宗谷総合振興局、森林管理署、市町村、事業体)で、防風林の所有者に情報提供することを目的とした現地検討会を実施しました。
全体計画作成時に意見を頂いた渋谷氏、関氏にも現地で本数調整伐後の現場を見ていただき、「列状での伐採により森林内に光が差し込むことで、林分が反応し成長を始める。伐採したことで多少は枯れる木も出てくるが、林分全体に影響が及ぶことはないので心配することはない」「本数調整伐を繰り返し、固定プロットで林分成長などの検証を重ねながら北海道の海岸防災林の施業方法を確立してください」等、今後の施業についてのご意見やご指導をいただきました。
参加された民有林関係者からは、「この海岸防災林を国有林が50年近くかけて苦労しながら造成したとは知らず、その手法と努力に驚いた」、「今後の海岸防災林の施業の参考となった。これからも施業結果の情報等を示していただきたい」との声がありました。
協議会の様子
今後に向けて
今回、メークマ海岸防災林おける具体的な施業方針が示されたことから、今後計画的に本数調整伐等を実施する。今回設定したプロットで施業後の林分状態をモニタリング調査する。施業前後の調査データを比較・検証し今後の施業の進め方の検討を行い、必要に応じて施業方法を修正するなど、施業計画(Plan 計画)、本数調整伐等の施業(Do 実行)、モニタリング調査(Check 評価)、施業の検討(Act 改善)のPDCA サイクルを続けることで、健全な海岸防災林の整備を図ることが重要と考えています。
そして、北海道の海岸防災林の施業モデルを作成し、道内の民有林等へ普及していきたいと考えています。
国有林フォレスターとして
管内では、民有林、国有林連携による森林・林業の再生に向けて、宗谷総合振興局、市町村、林業事業体と連携して木材生産現場での現地検討会や勉強会などにも取り組んでいます。
また、今後の森林林業による地域創生を目指して「最北森林・林業座談会」を中頓別町で開催しました。
この座談会では、基調講演2題に加え、行政の林業担当者だけなく、林業事業体、まちづくり協議会の方々とアイデアを出し合い、今後の中頓別町の森林・林業に酪農、観光等の他分野を加えた地域のあり方などについて活発な意見交換を行い、地域の可能性を探りました。
中頓別町での座談会
これまで当署は、民有林と連携する機会は限られていましたが、今後は国有林フォレスターとして積極的に関わり、各地域がそれぞれの特徴を活かした自律的で持続的な社会を創生できるよう、地域の森林・林業に関わる者として、今後も地域課題の解決に向けた取り組みを進めて行きたいと考えています。
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国有林フォレスター
宗谷森林管理署
森林技術指導官
湯浅 敏史
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宗谷森林管理署
北海道稚内市中央1丁目2番7号
電話:050-3160-5740
ホームページ:http://www.rinya.maff.go.jp/hokkaido/introduction/gaiyou_syo/souya/index.html
管轄区域:稚内市、利尻町、利尻富士町、礼文町、猿払村、浜頓別町、中頓別町、枝幸町、豊富町
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