基 本 認 識

 森林のもつ多面的機能の発揮への国民の期待が高まる中で、近年、森林の整備・保全のために、国産材製品を積極的に利用したり、ボランティアによる森林づくりを行う企業や団体が増えている。また、平成15年の内閣府の世論調査によれば、4割の人が森林ボランティア活動への参加の意向をもっているなど、多くの人が、森林づくり活動に興味をもっている。
 台風等による山地災害の多発や京都議定書の発効等もあり、森林のもつ多面的機能に対する国民の期待は高まっている。しかし、一方で、我が国においては、間伐等の手入れが十分でない森林がみられるようになるなど、森林の管理水準の低下が危惧される状況となっている。
 森林には、新たに世界自然遺産に登録された知床の森林のように、主に自然のバランスにより森林が良好に維持されているものがある一方、人の手を加えることにより良好な状態で維持されているものがある。植林などにより造成された人工林や、近年、身近な森林として注目される里山林は、人の手を加えなければ、その森林のもつ機能の維持向上が難しい森林である。
 育成途上の人工林を放置しておくと隣接する植栽木の枝葉が重なり合い、林内が暗くなる。すると、植栽木以外の草本や低木類が生育できなくなり、地表面の土壌が露出し、降水によって流れやすくなる。土壌は、森林のもつ多面的機能の発揮に大切な役割を果たしている。例えば、森林の土壌は、スポンジのように降水を吸収し、蓄えるとともにゆっくりと川へ送り出すことによって洪水の緩和の機能を果たしている。土壌が流失するということは、土壌が担っている機能が失われていくということである。
 森林の手入れ不足がもたらす多面的機能への悪影響は、土壌の流失によるものばかりではない。植栽木同士の競争で個々の木の成長が阻害され、根の張りが弱くなるとともに樹木の形状が細長くなり、台風等の気象災害を受けやすくなる。また、樹木の生命力が弱まれば、病虫害の発生が助長されるおそれもある。さらに、林内に草本や低木類が生育できなくなれば、生物多様性も低下する。
 しかし、これらの問題は、人が手入れを行うことによって改善が可能である。森林の成長に応じて植栽木を間引く「間伐」を行えば、林内に適度な空間が生じ、太陽の光が差し込む。そうすれば、自然に、植栽木以外の草本や低木類の発生が促され、地表面を覆うようになり、これらは植栽木と相まって土壌の流出を防ぐとともに、土壌へ新たな有機物を提供するようにもなる。その結果、植栽木の成長も良好になり、健全な森林環境が維持されれば病虫害も発生しにくくなる。人工林は適切に管理することで木材の生産ばかりでなく、国土保全等の多様な機能の発揮も期待できるのである。
 他方、里山林は、古くから生活の中で人が手を加え、利用し続けてきた森林である。マツやナラの二次林等の形態を維持し、身近な森林として求められている生活環境の保全や保健文化の機能を発揮させるには、竹の侵入による立木への被害を防いだり、成熟した立木等を伐採することによって、次の世代のマツやナラ等を育成することが必要である。
 このように人工林や里山林は、人の手を加えることによって期待される機能を維持し、増進させることが可能であるが、逆に放置すれば、その機能を低下させるおそれが生じる。長い年月をかけて育成し、維持・管理してきた森林を放置したがために、風で倒れたり、病虫害に侵されたとすれば、回復にはまた長い年月が必要となり、その損失は計り知れないものがある。
 現在、我が国の森林は、明治期や戦中・戦後期等の荒廃の時期に比べれば、主に人工林が成長することで、蓄積が年々増加するとともに多面的機能を発揮する力を伸ばしてきている。しかし、適切な手入れが十分に行われていない森林がみられるようになっており、我が国の森林はその力を活かしきれていない状況にある。
 森林は、広く国民に恩恵をもたらす「緑の社会資本」であり、国土保全上、重要な役割を果たす森林については、国家的見地からその保全・管理に取り組まなければならない。また、森林を再生していくためには、民有林と国有林とが一体となった国産材の利用拡大を進めることにより、林業生産活動を活発にし、森林の整備・保全につなげていくなど、民有林と国有林との一体的な取組が必要である。私たちは、先人たちから受け継ぎ、築き上げてきた森林を、次世代に引き継いでいかなければならない。
 今、林業・木材産業関係者に限らず、多くの人が森林に関心をもち、その整備・保全に向け行動をはじめている。その内容は、森林に直接的にかかわるボランティア活動だけではなく、国産材を使用した製品の購入を進めるなど身近なことからもはじめられている。さらに求められるのは、このような国民それぞれの取組を広げていくことである。より多くの人が、森林を支えていく重要性を知り、森林のためにできることを行えば、森林の力を活かすことができる。森林のもたらす恩恵を享受していくためには、国民全体で森林を支えていく必要がある。
 以上のような基本認識の下に、本年度報告する「第1部森林及び林業の動向」では、我が国の森林の状況と多面的機能の発揮への期待を踏まえた上で、国民が森林の整備・保全を進めるために今できることについて具体的に提示するとともに、森林・林業基本法の理念に基づき、森林、林業と山村、木材、国有林野事業の各分野についての動向と課題を取り上げた。
 第T章『国民全体で支える森林』では、森林の整備・保全が急がれる状況とこれを進めるためには、国、地方公共団体の取組や林業・木材産業関係者の努力とともに国民の支援が必要であることを記述した。その上で、国民が森林の整備・保全のために今できることとして、具体的に、地域材利用の推進、森林づくりへの直接参加、緑の募金や企業の社会貢献としての森林づくり活動の支援等を提示するとともに、森林・林業や木材について知ることの重要性について記述した。
 第U章『森林の整備・保全』では、地球温暖化防止に向けた我が国の森林吸収源対策について、現状・課題と取組を記述した。そして、森林のもつ多面的機能の発揮に向けた間伐の推進、花粉症対策、治山事業の推進、森林病虫害と野生鳥獣被害対策等の取組を記述した。さらに世界の森林について、熱帯林を中心とした森林の減少の状況と持続可能な森林経営に向けた我が国の国際貢献の取組を記述した。
 第V章『林業・山村の振興』では、地域材の利用拡大を図り、地域の林業・木材産業全体の収益性の向上を図ることが重要であることを記述した。そして施業や経営の集約化等を通じた低コスト・大ロットの木材の安定供給を進めるための新しいシステムを構築し、林業を再生することが重要であり、そのためには、森林所有者への積極的な働きかけや関係者間の合意形成が重要であること等について記述した。また、林業労働の状況や「緑の雇用」による就業者の確保・育成と今後の取組について記述した。さらに、山村が直面している現状を整理し、山村の活力の維持のための課題や取組を記述した。
 第W章『木材需給と木材産業』では、木材とりわけ国産材利用の拡大を目指す取組の広がりや、木質バイオマス利用の取組について記述した。また、木の文化の継承をはじめ木材利用の意義について記述するとともに、木材需給の動向について、製材品、合板、集成材別の把握と丸太輸出の動きや違法伐採対策等の木材貿易をめぐる動向について記述した。さらに、国産材の需要を拡大するためには、品質・性能が確かな製品を低コストで安定的に供給する必要があること、そのためには製材工場の大型化、効率的な人工乾燥施設の導入等を促進するとともに、川上からまとまった原木を確保する取組を行うなど、川上と川下が一体となった消費者ニーズに即応できる体制を整備することの重要性について記述した。
 第X章『「国民の森林(もり)」を目指した国有林野の取組』では、我が国の森林面積の約3割を占める国有林野に期待される役割と、開かれた「国民の森林」の実現に向け、国民の生活を守るための森林づくり、優れた自然環境をもつ森林の維持・保存、森林環境教育や国民参加の森林づくり等における様々な取組について記述した。