持続可能な開発と林水産物貿易に関する日本提案


  1. はじめに

    1.日本は、11月5日、「非農産品市場アクセス交渉に関する日本提案(TN/MA/W/15)」を提出し、その中で、環境保護と持続可能な開発の促進の観点に留意する必要があることを指摘しつつ、「地球規模の環境問題及び有限天然資源の持続的利用の観点を踏まえて対応すべき品目については、その市場アクセスを検討する際に特別の配慮が必要である。この点については、本提案の附属文書として、今後更なる提案を行う。」旨述べた。一方、貿易と環境委員会やルール交渉グループにおいて、林水産物に関連する議論が行われている。このペーパーは、こうした林水産物に関連する交渉に関する日本の更なる貢献として、地球規模の環境問題及び有限天然資源の持続的利用の観点が極めて重要な林水産物の市場アクセスについて更なる提案を行うとともに、貿易と環境及びルールに関連する諸問題についても併せて包括的に論点を提示するものである。関連する交渉グループ・委員会において、真摯な検討が行われることを期待する。なお、以下の論点は現時点で考えられる項目であり、これらに尽きるものではなく、今後更なる追加があり得る。


  2. 基本的考え方

    2.マラケシュ協定前文において述べられた持続可能な開発の目的へのコミットメントをドーハ閣僚宣言は強く再確認している。したがって、林水産物に関する交渉も持続可能な開発の目的への貢献を目指すべきである。

     その際、持続可能な開発に関する世界首脳会議(WSSD)実施計画等において、持続可能な森林経営、漁業を達成するためにあらゆるレベルでの行動が求められ、特にIUU(違法・無報告・無規制)漁業を防止、抑制、廃絶することの緊急性が強調されていることに留意すべきである。ドーハ閣僚宣言に基づく交渉においてもまた、地球規模の環境問題の解決・改善に果たす森林の役割、再生可能な有限天然資源としての森林や水産資源の特徴等に配慮し、各国における持続可能な森林経営及び漁業の発展に資する貿易のあり方が議論されるべきである。


    3.非農産品市場アクセス交渉は、他の交渉分野とのバランスを確保しつつ、全体として評価されなければならないことは言をまたない。市民社会もまた、自由貿易体制が森林や水産資源に与え得る悪影響について多大な関心を有している1。WTOは、こうした市民社会の関心を十分念頭に置き、地球規模の環境問題に配慮し、有限天然資源の持続的利用を確保しつつ、貿易自由化を進めることが不可欠である。


    (持続可能な森林経営と林産物貿易)

    4.森林は、生産方法によっては枯渇するが、適切な管理の下で生産を実施すれば、森林の更新というサイクルが維持されるという点で、再生が可能となる有限天然資源である。また、森林は、林産物生産のみならず、地球温暖化防止、生物多様性の維持、土地の浸食・崩壊防止等の公益的機能を有している。こうした森林を持続的に経営することが、地球規模の環境問題の解決に不可欠である。

     しかし、世界の森林は、地域による差異は大きいものの、農地への転用やその再生能力を超えた過放牧、薪炭材の過剰採取、不適切な商業伐採等により、減少・劣化が続いている。例えば、FAOは、世界の森林面積が過去10年間に約9400万ha減少し、また、現存する森林についても閉鎖林から疎林へ移行している現状を報告しているところである2

     現在、貿易の対象となっている林産物は、世界の生産量の2割程度であり3、輸出を目的とした林産物生産も多く行われている。我が国は、世界有数の林産物輸入国として、林産物貿易の発展に貢献しているが、同時に、世界の森林の持続可能な経営の推進に大きな関心を有している。

     森林に対する多様なニーズを永続的に満たすような森林の経営、すなわち持続可能な森林経営の推進は、1992年の地球サミット(UNCED)以降、世界的な課題となっており、先般、ヨハネスブルグで開催されたWSSDにおいても、「持続可能な森林経営を達成することが持続的な開発に向けた不可欠な目標である」旨が改めて確認されたところである。




    5.多角的貿易体制の下で林産物貿易を持続的に発展させていくためには、各国が協力し合って持続可能な森林経営を行っていくことが不可欠である。林産物貿易発展の基盤は、健全な森林資源であり、持続可能な森林経営を実現し、林産物貿易を中長期的に発展させることこそが、ドーハ閣僚宣言で強く再確認した持続可能な開発の目的に沿うものであると信じる。そのためにも、各国の森林破壊等を助長するような貿易自由化であってはならず、各国の森林の有する公益的機能に対して適切な配慮を払う必要がある。


    (持続可能な水産資源管理と水産物貿易)

    6.水産資源は、過剰な漁獲を行えば枯渇する一方、適切な管理を行えば再生可能な有限天然資源である。漁業はまた、多くの国、特にアジア諸国や島嶼諸国において、単なる経済行為ではなく、食料の供給と漁業に依存する漁村地域社会の維持発展に貢献している。漁業が各国で果たしているこうした様々な役割にも配慮しつつ持続的発展の目的を達成していくことが必要である。

     しかしながら、世界の水産資源は、世界的な水産物需要の増大を背景に、資源の再生産能力を超えた漁獲、国際的な資源管理を損なうIUU漁業等により、減少が続いている。FAOによれば、世界の水産資源のうち過剰に又は限界まで利用されているものの割合は増加の一途をたどっており、最近30年間に40ポイント上昇し、1999年には75%に達している4

     全世界で漁獲された水産物の34%が貿易の対象になっており5、輸出を目的とした漁獲も多く行われている。我が国は、世界の貿易額の約1/4を輸入する最大の輸入国として、水産物貿易の発展に貢献しているが、同時に世界の水産資源の保存に大きな関心を有している。




      7.多角的貿易体制の下で水産物貿易を持続的に発展させていくためには、各国が協力して適切な資源管理を行うことが不可欠である。水産物貿易発展の基盤は、健全な漁業資源であり、適切な資源管理を実現し、水産物貿易を中長期的に発展させることこそが、ドーハ閣僚宣言で強く再確認した持続可能な開発の目的に沿うものであると信じる。そのためにも、資源の持続可能な開発に貢献する各国の漁業及び漁村の役割と機能に対する適切な配慮を払い、その崩壊を招かないようにする必要がある。


  3. 林産物に関する個別論点

    8.関税水準

     ドーハ閣僚宣言に基づく非農産品市場アクセス交渉の一環として、林産物の関税交渉が行われる際には、以下の観点に適切に配慮すべきである。

    (1)森林の自然的・社会的条件は、国により大きく異なるものである。林産物の関税は、これらの差異を調整する機能を有しており、持続可能な森林経営の推進の観点から、この機能が充分に確保されることが必要である。関税水準については、森林やその管理の状況、これまでの累次にわたる貿易交渉の経緯等を考慮するとともに、各品目の生産・消費の実情、国際需給の状況等を勘案し、品目ごとの柔軟性を確保して適切に設定することが必要である。その際には、森林・林業と一体的に発展してきた木材産業の重要性にも十分な配慮がなされるべきである。

    (2)なお、一般的な関税水準の設定方式に加え、分野別に更なる削減等を求める関税相互撤廃(ゼロゼロ)やハーモナイゼーション等は、林産物の分野については、各国における森林やその管理の状況等を無視し、持続可能な森林経営の推進に重大な支障を来すおそれがあり、かつ、林産物の輸入国の立場を反映したものとは言えないことから、支持できない。また、交渉のバランスを確保する観点から、輸出税、輸出規制等に関する論点と切り離して、関税に関する交渉を独立して行うべきではない。


    9.開発途上国への特別かつ異なる待遇及び能力開発

     開発途上国への特別かつ異なる待遇及び能力開発については、TN/MA/W/15において述べているところであるが、更に、林業と林産物貿易の長期的発展のため、開発途上国の持続可能な森林経営の推進に貢献する技術面・資金面での支援が重要である。


    10.丸太輸出規制

    (1)我が国は、WTO整合的な形で実施される自然環境や資源の保全を目的として採られる貿易措置については、その必要性を認識するものである。

    (2)林産物に関係するこのような貿易措置としては、丸太等の輸出が禁止されている事例が複数の国において見られるところである。これらの輸出規制は、例えば、野生動植物の保護を目的とした森林資源の保護等に関連したものであると説明されており、この意味では、環境保護という観点から正当化される場合もあり得る。

    (3)しかし、このような輸出規制の中には、輸出が禁止されている丸太から生産される製品の輸出が規制されていない場合がある。このような事例については、自然環境や資源の保全を目的とした貿易措置のあり方という観点から、WTO協定との整合性について検討すべきである。


    11.輸出税

     関税とは異なり輸出税は譲許されていないため、輸出国は輸出税を任意に設定することが可能となっており、輸出入国間の権利義務のバランスが確保されていない状況にある。したがって、非農産品市場アクセス交渉においては、輸出税についても議論を行うことが必要である。


    12.違法伐採問題と林産物に関係するラベリング

     森林をめぐっては、持続可能な森林経営の推進を阻害する大きな要因として、違法伐採問題が国際的な注目を集めている。違法伐採については、WSSDにおいて、「国内の森林法規の実行と森林の生物資源を含む林産物の違法な国際貿易について早急な行動を起こすこと」等を内容とする実施計画が採択された。我が国は、本問題の解決に向け、貿易面からの貢献の可能性について貿易と環境委員会通常会合に問題提起を行ったところである6。また、林産物に関係するラベリングについては、持続可能な森林経営の推進に資するものとして世界的に関心が高まっていることを踏まえ、違法伐採問題に対処していく観点からも議論を行う必要があるとして、併せて貿易と環境委員会通常会合に問題提起を行ったところであり、今後、これらの問題について議論を深めていきたい。


  4. 水産物に関する個別論点

    13.関税水準

     ドーハ閣僚宣言に基づく非農産品市場アクセス交渉の一環として、水産物の関税交渉が行われる際には、以下の観点に適切に配慮すべきである。

    (1)各国の漁業の持続可能な開発の観点から、各水産物の資源水準や管理の状況を考慮した品目毎の柔軟性が与えられるべきである。

    (2)なお、水産分野についての関税相互撤廃は、水産資源の水準や管理の状況及び各国の漁業漁村の重要性に関わりなく一切の関税を撤廃するものであり、資源の再生能力を超えた漁獲を誘発し漁業の持続可能な開発に繋がらないことから行うべきでない。


    14.開発途上国への特別かつ異なる待遇及び能力開発

     開発途上国への特別かつ異なる待遇及び能力開発については、TN/MA/W/15において述べているところであるが、更に、漁業と水産物貿易の長期的発展のため、開発途上国の持続可能な水産資源管理推進に貢献する技術面・資金面での支援が重要である。


    15.資源の保存管理措置と貿易措置

     水産物市場アクセス改善、貿易と環境問題に共通する課題として、持続可能な開発の促進の観点から、水産資源の保存管理措置を補完する貿易関連措置等の役割と必要性が十分考慮されるべきである。


    16.漁業補助金問題

     漁業補助金が有する貿易歪曲性の問題については、ルール交渉グループで議論されているところであるが、それが漁業に特有のものであるという根拠となる具体的事例が欠如しており7、この問題は漁業分野に限ったものではない。従って、貿易歪曲性の観点からは、漁業に関する特別の規律を作成する必要性は認められず、ドーハ閣僚宣言パラ28にあるように、補助金協定について、その基本概念及び原則、並びに、この協定及び諸措置と目的の有効性を保ちつつ、また、開発途上国及び後発開発途上国のニーズも考慮に入れ、右協定の規律の明確化及び改善を目指した交渉を行う必要がある。

     他方、先般開催されたWSSDにおいても合意されたように、IUU漁業と過剰漁獲能力問題の解決は、水産業の持続的開発を達成するためには重要である。この問題については、FAO等の専門機関での議論を十分踏まえ、総合的、積極的に対処する必要がある8。このため、わが国は、こうした議論の進捗に積極的に貢献するものであり、また、関心国に対し、専門機関における議論に積極的に参加するよう求める。WTOはこうした専門機関の成果を踏まえて、WTOとして、IUU漁業問題及び過剰漁獲問題を解決するため、漁業補助金問題へ如何に取り組むかをまずは貿易と環境委員会通常会合において検討すべきである。


    17.水産物に関連する環境目的のラベリング

     ドーハ閣僚宣言の貿易と環境部分においては、環境目的のためのラベリングが貿易と環境委員会通常会合における検討事項として挙げられており、これを交渉事項とするかどうかは第5回閣僚会議で決定されることとなっている。水産物に関する環境目的のためのラベリングは、適切に実施されれば消費者の主体的な選択を通じて水産資源の持続的利用に貢献する。

     他方、中立的かつ科学的な基準に基づくことなく、恣意的なラベリングが行われた場合、不当に水産物貿易を制限するおそれも否定できない。従って、まずは漁業に関する専門機関であるFAOにおいて、水産物の環境目的のラベリング実施の客観的かつ科学的なガイドライン策定に取り組み9、WTOは右ガイドラインを踏まえ、貿易の観点から本件の扱いを検討すべきである。


注釈
1 WWF、IUCN等多くのNGOや消費者等は、自由貿易体制が森林や水産資源の持続的利用に与え得る悪影響について懸念を表明している。IUCN(国際自然保護連合)は、2000年10月に開催した第2回世界自然保護会議において、「貿易自由化が天然資源の非持続的利用を助長し、地域社会の排除につながるかもしれないことを認識し」、「IUCNが貿易自由化が環境に与える結果を調査するよう求める」としている。
2 FAO世界森林白書2001
3 FAOの統計データに基づく試算
4 FAO世界の漁業・養殖業の状況2000及び世界の水産資源の状況のレビュー1997
5 FAO水産物貿易統計1999
6 WT/CTE/W/211(2002年6月11日付)。2002年6月及び10月に開催された貿易と環境委員会通常会合において議論が行われた。
7 2000年11月に開催されたFAO漁業補助金専門家会合の報告書には、「漁業補助金が貿易に与える影響についての情報は限られている」と書かれている。また、WTOにおける最近の漁業補助金をめぐる議論の中で、特定の漁業補助金が貿易に影響を与えているとの証拠が提供されたことはない。
8 FAOは本年12月に第2回漁業補助金専門家会合を開催し、来年以降政府間会合を開催することとなっている。また、OECD水産委員会は、来年以降漁業補助金に関する包括的な研究を行う予定である。
9 水産物エコラベルを含むラベリング全般の問題は、2003年2月のFAO水産委員会で議論されることとなっている。


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