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関東森林管理局

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    小笠原諸島森林生態系保全センター所長が語る

    はじめに

    「小笠原諸島、過去に一度も陸続きとなったことのない海洋島、そこには固有や在来の動植物が数多く生息し、独自の生態系が創り出されています。」と、小笠原諸島の自然は、いつもこの一言から始まります。 

      噴火が収まり、立ち入り禁止区域が縮小された西之島は、そのほとんどが不毛の土地と化している中で、旧島、すなわち西之島国有林の一部にカツオドリなどの鳥たちが渡り、鳥たちの羽毛や糞により運ばれた植物などが生育しています。 

      父島・母島でも、島ができ、海を渡る鳥たち、吹き寄せる風、押し寄せる波とともに種子や生き物が運ばれ、草が生え、木が育ち、鳥、昆虫たちの楽園としての自然が生まれてきました。先月の台風後にもトンボが増えましたが、台風の風に乗って沖縄から渡ってきたと島の人たちは聞かされ、その昔に植物が父島に運ばれて来た様子が実感できます。

      小笠原の自然は、運ばれてきた生き物が小笠原で独自の進化を遂げた「固有種」、進化はしなかったものの風や鳥によって運ばれて沖縄など他の地域でも生息・生育が確認されている生き物である「在来種」によって構成されてきました。一方、人の生活やその活動によって意図的又は非意図的に持ち込まれた「外来種」の幾つかが自然界に侵入・拡大してきています。

    西之島
    西之島
    カツオドリ
    カツオドリ

    小笠原の変遷

      小笠原諸島の歴史を紐解けば、1593年に小笠原貞頼により発見されたと伝えられ、1830年に欧米人などが居住を開始、1876年日本領土に確定、国有林では1921年(大正10年)東京大林区署小笠原小林区署、1924年東京営林局小笠原営林署となり、1926年(大正15年)に施業計画を作成しています。

      その後、第二次世界大戦による1944年(昭和19年)の全島疎開、終戦翌年の1946年(昭和21年)には欧米系住民の帰還を経て、日本への領土復帰は1968年(昭和43年)となります。小笠原総合事務所に国有林課が設置されました。

      小笠原諸島の国有林は6,612haであり、小笠原諸島の面積の63%を占め、5,580haを森林生態系保護地域に設定(平成19年)しています。

      国有林野事業では、大正15年の施業計画において、自然条件の近い沖縄地方から薪炭材生産を目的としてリュウキュウマツを導入・造林することとしたようです。当時の島民の暮らしを支えるための燃料などの確保は必要不可欠であり、また国有林野事業が林業という産業の発展を目指すことを考えれば、明るい環境を好み、成長が期待できる樹木の導入に取り組もうとしたことは理解できます。しかし、戦争による全島疎開によって小笠原営林署を閉鎖せざるを得なくなりました。日本に返還されるまでの20年余の間、国有林野事業は小笠原諸島における森林の保育や管理を行えなくなりました。

      森林管理できなかった年月は、小笠原の自然を変貌させ、現在の小笠原諸島森林生態系保護地域においては、リュウキュウマツなど人為活動などのために島内に持ち込んだ外来の樹木は駆除すべきものとなっています。

      林野庁では、国有林野内の原生的な天然林を保存することにより、森林生態系からなる自然環境の維持、野生生物の保護、遺伝資源の保護などを目的として「森林生態系保護地域」を設定しています。世界自然遺産となっている小笠原諸島、知床、白神山地、屋久島も森林生態系保護地域に設定されており、現在、全国に30か所あります。

      小笠原諸島は、平成19年に森林生態系保護地域に設定され、小笠原諸島の特異的・原生的な自然をこれ以上劣化させず後世に残し、人為活動や外来種の影響により劣化した自然を、徐々に回復させることを目標としました。

      平成20年には、島内外の有識者による検討会を開催し、この森林生態系保護地域の保全と利用について「保全管理計画」が作成されました。

      この計画では、科学的根拠に基づき森林生態系の保全・修復のため、外来種対策を推進することとされました。

      また、小笠原の森林は以前から島民のレクリエーションの場であり、千尋岩などは観光スポットとして利用されていたことから、森林生態系保護地域の保護・保全に影響が及ばない範囲で利用することとされ、当センターが実施する利用講習会を受講し一定の見識を備えた者が同行することが保全管理計画に盛り込まれました。

      平成23年6月29日、小笠原諸島は固有種率の高さ、同種であったものが島々の異なる湿度などの自然条件に沿って複数の種に分かれた植物、海洋生物種から陸上生物種への進化等、海洋島生態系における現在進行中の進化の過程が見られることが、人類全体のための遺産として認められ、世界自然遺産に登録されました。森林生態系保護地域の設定は、小笠原諸島の世界自然遺産登録の法的担保措置の一つとして重要な役割を果たしています。

      小笠原総合事務所国有林課は、従来から小笠原諸島のアカギなど外来種の駆除や、固有の鳥であるアカガシラカラスバトの食餌木に関する試験的な取り組みを行っていましたが、森林生態系保護地域の設定により、国有林野事業として本格的に外来種駆除に乗り出すこととなり、2010年(平成22年)関東森林管理局の組織として、小笠原諸島森林生態系保全センターが設置されました。

      平成24年3月、関東森林管理局は、森林生態系保護地域における5年間の外来植物の駆除実施計画を作成し、島別の優先的実施箇所を示し、外来植物の駆除を進めることとしました。

      これを受け、当センターでは、固有・在来の生き物たちが棲みやすい環境づくりをするため、主に父島列島と母島列島において、外来植物の駆除を中心に小笠原固有の森林生態系を取り戻すことに取り組んでいます。

    母島・石門・アカギの森
    母島・石門・アカギの森
    アカガシラカラスバト
    アカガシラカラスバト

    固有の森林生態系を戻す取組

      小笠原諸島は聟島(むこじま)列島、父島列島、母島列島、火山列島に大きく区分され、島々は人の入植によってそれぞれ異なる変遷を遂げてきました。父島列島の中でも、兄島はコバノアカテツやシマイスノキ群落を主とした乾性低木林、弟島はムニンヒメツバキ群落が拡がり、父島は乾性低木林やムニンヒメツバキ林が拡がるなど森林の形態は大きく異なります。

      父島から50km南に離れた母島は、父島よりも湿度が高く、湿性高木林が拡がっていますが、母島の属島である向島(むこうじま)は乾性低木林に準じた固有性の高い低木林となっています。小笠原諸島の中でも、温度湿度等気象条件・自然条件の違いは大きく、島毎に異なる固有・在来の昆虫や鳥類たちが生息しています。

      また、有人島である父島、母島を中心に外来の動物が固有の動物を捕食し、また生息・生育環境の競合により固有・在来のものが減少しています。固有・在来の昆虫や微生物たち動物は、木々の受粉に活躍し、森林土壌の再生に欠かせない存在であり、小笠原諸島の森林の復活を図る上で、その役割は非常に大きいと言えます。

      ペットとして持ち込まれたグリーンアノールがオガサワラシジミ、ヒメカタゾウムシなどの固有昆虫を、貨物とともに島に降り立ったであろうクマネズミなどがオガサワラヤマキサゴやカタマイマイなどの固有カタツムリを、野生化したノネコがカツオドリなどの海鳥を捕食しているなど、外来動物の駆除は大きな課題であり、環境省関東地方環境事務所が中心となって外来動物の駆除が行われています。

      また、小笠原の森林で、固有種・在来種から外来種に置き換わったり、岩石地など植生がなかったところに新たに外来種が生育するといったことが起きています。アカギ、リュウキュウマツ、モクマオウ、ギンネムといった外来種は、旺盛な成長を見せます。アカギは、伐採した丸太から新芽を吹き、ギンネムは埋土種子の発芽が20年続くと言われるように、伐採すれば駆除できるというものでもありません。外来種の繁茂や外来種の競合により、例えばモクマオウに生息するオガサワラカワラヒワ、ガジュマルや野生化したマンゴーの蜜に集まるオガサワラオオコウモリなど、固有・在来の動物が外来植物に依存してしまっている事例も見受けられます。

      小笠原の森林の修復と言っても、人工林のような森林施業が確立されておらず、保全すべき対象生物や生息・生育環境の違いによって、伐採による光環境の変化への配慮が必要など、伐採について細やかな配慮が求められます。

      伐採時の周辺植生への配慮から、特殊伐採(作業者が樹木に登って、枝や幹をチェーンソーで伐って、ワイヤーで下ろす方法)、効率よく駆除をするための薬剤注入、水質や周辺地形に配慮した巻き枯らしなどを行うこととなります。

      さらに、小笠原の植物は遺伝的多様性が高く、島に渡り着いてから環境の違いによる種分化を遂げるなど、同種であっても島々又は同一島内でも異なった遺伝的特性をもっているものがあることから、外来種駆除後の植栽についても、植栽しないリスクの評価や植栽後のモニタリングが必要です。小面積で脆弱な生態系を形成している島々の修復を図るため、安易に植栽する種子や苗を選択することはできません。目標とする森林生態系をイメージしながら外来種駆除を行うことが重要となります。

      また、平成25年3月、世界自然遺産的価値の高い兄島で希少昆虫を捕食するグリーンアノールが発見され、グリーンアノールの分布拡大を阻止するための柵が設置されたことを受け、当センターは、グリーンアノールが柵を飛び越えにくくなるよう周辺の樹木の剪定等を行っています。グリーンアノールの分布拡大防止は大命題であり、固有や在来の樹木の一部について剪定等を行うことは致し方ないのですが、その際においても、固有の森林に回復できるよう必要最小限の損傷で抑える取組が求められています。

    父島・初寝山乾性低木林
    父島・初寝山乾性低木林
    ムニンヒメツバキ
    ムニンヒメツバキ
    弟島の森
    弟島の森
    ヒメカタマイマイ
    ヒメカタマイマイ

    めざすは植生回復

      固有森林生態系の修復に向けたこれまでの取組は、外来動物の分布域拡大などによって当初の計画通りには進んでいませんが、固有・在来種の生育環境改善という一定の成果は確認され、植栽や播種など駆除だけに頼らない生態系修復方法の試験も継続的に実施し、成果を上げてきました。

      また、これまでの成果から、外来樹木の駆除では複数年にわたる駆除の繰り返しが必要であることや、時として固有や在来の生き物に犠牲を強いらざるを得ないことが明らかとなりました。

      今年度、現行の駆除実施計画の次期計画として森林生態系修復計画を作成しています。現行の駆除実施計画は外来種駆除を大きな目標として掲げていましたが、次期計画は、保全対象を明確にするとともに、植生回復を含めた修復計画となることが求められます。

      このため、外来植物の侵入密度が低い地域、拡散が懸念される地域、保全すべき種のための緊急対策、植生回復が見込まれる地域での対策、駆除後の再生個体の処理を優先的に行うことが重要と考えられます。 

    最後に

      小笠原の生き物たちは、海洋島故に、台風の直撃を受けるなど絶えず攪乱の歴史を刻む中で、複雑に絡み合い、生態系を形成しています。固有の森林生態系の修復のため、また、世界自然遺産としての価値を損ねないために、私たちが行っている取組を、生き物たちがどのように見ているのか考えさせられます。

      谷本宇都宮大学名誉教授は言われます。「迷ったら森に聞いてごらん。森は仕方ないなと言ったかい。それとも耐えられないよと言ったかい。」、森は私たちが行う森林づくりにおいて何をどこまで許容してくれるのか、森の声を聞きながら、小笠原諸島森林生態系保護地域の保全に取り組むことが求められていると感じています。

    中山峠から二見港・父島列島

    中山峠から二見港・父島列島

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