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関東森林管理局

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    全国緑化行事発祥の地

    全国緑化行事発祥の地~全国植樹祭の原点~

    真壁町から望む筑波山
    真壁町から望む筑波山 (平成17年5月撮影) (全国緑化行事発祥の地を○で表示)

    位置図 全国緑化行事発祥の地

     

    全国緑化行事発祥の地
    (平成17年5月撮影)
    (植樹年月:昭和9年4月 樹種:スギ、ヒノキ)
    茨城森林管理署
    鬼ヶ作国有林208ぬ2林小班
    (所在地:茨城県桜川市真壁町大字羽鳥)

     

    昭和9年愛林日記念植樹~我が国の緑化運動始まる~

    昭和初期は世界的な経済恐慌の渦中にあり、農山村の疲弊と劣弱な森林資源、多額の木材輸入といった状況に対し、植林を推進し、資源を充実することが課題とされた。

    このような中、大日本山林会を中心として愛林日設定委員会が結成され、愛林思想の普及と植林の推進に向け、愛林日を設け、全国的な緑化行事を催すことが提唱され、各界の賛同を得て昭和8年 (1933年)に愛林日が設定された。

    愛林日は、神武天皇祭を中心とする4月2日~4日とされ、昭和9年(1934年)には初めての全国的な植樹行事が筑波山麓で行われた。
    植樹箇所の状況

    植樹箇所の状況(「山林」昭和9年5月号)
    筑波山の北西山麓標高約200m地点
    記念植樹面積は約1.2ヘクタール
    昭和9年の植樹祭は、大日本山林会が主催して4月2日と4日に開催。農林政務次官、農林次官、山林局長、東京営林局長、大日本山林会会長、帝国森林会会長など官民の代表者が数十名参加した(農林大臣は当日欠席)。
    紫尾村(現桜川市)東山田で車を降り、山路を約40分登った国有林にスギとヒノキを植えたと記録されている。

    4月4日参加者による記念撮影

    4月4日参加者による記念撮影
    (「山林」昭和9年5月号)
    最前列右から3人目が和田大日本山林会会長、その後ろが徳川宗敬氏(当時帝国森林会会長)

    全国緑化行事発祥の地」記念碑除幕式

    「全国緑化行事発祥の地」記念碑除幕式
    ~昭和61年4月23日
    (小泉章三氏資料)
    時がたち、いつしかこの植樹箇所も忘れられていたが、第一回植樹に参加した徳川宗敬氏(当時(社)国土緑化推進委員会理事長)が当地が歴史に埋もれることを危惧し、昭和59年秋に小泉章三氏に調査を依頼。1年数ヶ月に及ぶ調査により、ついにこの箇所が発見・確認された。徳川氏の提唱により記念碑(御影石/高さ2m)が建立されたのは、植樹から52年目のことである。
    真壁町桃山中学校森林愛護隊と徳川氏(最前列右二人目)

     

    植樹祭の歴史

    愛林日記念植樹

    愛林日を記念した植樹行事は、昭和9~24年に計14回開催された。

    (戦前)

    • 昭和8年(1933年)愛林日の設定
    • 昭和9年(1934年)第1回 (茨城県真壁町)第5回までは茨城県内で実施
    • 昭和19年(1944年)第11回 (東京都南多摩郡)昭和20年(終戦)、21年は中断

     

    (戦後)

    • 昭和22年(1947年)第12回 (東京都南多摩郡)東宮殿下ご臨席
    • 昭和23年(1948年)第13回 (東京都青梅町)天皇・皇后両陛下ご臨席
    • 昭和24年(1949年)第14回 (神奈川県箱根町)同上

     

    全国植樹祭

    昭和25年の山梨県での植樹祭からは、名称が「植樹行事並びに国土緑化大会」、昭和45年の福島県での開催からは「全国植樹祭」とされ、平成5年開催の第44回沖縄県大会で全国を一巡した。これまで、(社)国土緑化推進機構と開催都道府県との共催で毎年実施され、緑化意識の高揚に大きな役割を果たしてきている。
    茨城県においては、第17回(昭和51年)の大子町に次いで、潮来市の水郷県民の森をメイン会場として第56回の全国植樹祭を開催。奥久慈憩いの森(大子町)をサテライト会場とし、全国緑化行事発祥の地(真壁町)も中継で全国に紹介されることとなった。

     

    全国植樹祭の開催年、開催地、テーマの紹介 (一部のみ)

    • 昭和25年(1950年)第1回 (山梨県甲府市)「荒廃地造林」
    • 昭和34年(1959年)第10回 (埼玉県寄居町)「林種転換」
    • 昭和44年(1969年)第20回 (富山県栃波町)「低質広葉樹の高度利用と拡大造林」
    • 昭和51年(1976年)第27回 (茨城県大子町)「緑を育て守ろう大地」
    • 昭和54年(1979年)第30回 (愛知県藤岡町)「緑で結ぼう山村(ムラ)と都市(マチ)」
    • 平成元年(1989年)第40回 (徳島県神山町)「安らぎの緑を未来へ」
    • 平成11年(1999年)第50回 (静岡県天城湯ヶ島町)「未来のあなたへ緑の風おくります」
    • 平成17年(2005年)第56回 (茨城県潮来市)「楽しいな。森と人とのハーモニー」

     

     樹齢70年に育った発祥の地のスギ、ヒノキ

    樹齢70年に育った発祥の地のスギ、ヒノキ (平成17年5月撮影)

     

    「全国緑化行事発祥地の地」記念碑

     

    「全国緑化行事発祥地の地」記念碑

    昭和61年4月記念碑建立 (徳川宗敬国土緑化推進委員会理事長揮毫)(平成17年5月撮影)

    記念碑背面碑文 

    昭和八年 当時の大日本山林会長和田国次郎氏を中心とする愛林日設定委員会は
    愛林思想の普及と植林の推進をはかるために毎年四月二日から四日までの三日間を
    「愛林日」と定め国民的運動として全国一斉に造林行事を催すことを提唱した
    これには時の農林次官石黒忠篤氏山林局長村上龍太郎氏も多いに賛同し
    昭和九年から農林省の積極的な協力により全国統一的な植樹の日として全国に呼びかけ実施することになった

    第一回の愛林日には ここ筑波山の鬼ヶ作国有林で中央行事としての記念植樹が官民代表によって行われ
    以後 戦争の激化した昭和十九年まで愛林運動は関係者の努力により全国的規模でつづけられた
    戦後の混乱がつづく昭和二十二年には早くも徳川宗敬氏を会長とする森林愛護連盟が結成され一時中断していた愛林日行事が再開された

    我が国の植樹の日としてつづけられてきた愛林日の思想と行動はその後昭和二十五年から始まった全国植樹祭に引き継がれ
    現在では国民的緑化行事として定着し発展をつづけながら継続実施されている

    徳川宗敬氏の提唱によりここに記念碑を建立する

    昭和六十一年

    林野庁東京営林局
    大日本山林会
    国土緑化推進委員会

    【編集:関東森林管理局茨城森林管理署 協力:大日本山林会、小泉章三氏】

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