ホーム > 政策情報 > 事業概要 > 森林管理局の仕事 > 木曽ヒノキについて


ここから本文です。

木曽ヒノキについて 

「木曽ヒノキ」とは、木曽地域から裏木曽地域(飛騨南部、東濃地域)にかけて分布する天然ヒノキを指す言葉です。ここでは、自然の妙とたゆまぬ人為との関わりの中で300年生以上の天然ヒノキ林が維持・育成・利用されています。現在日本を代表する木材、森林として知られている木曽ヒノキ林について、皆さんにいろいろと知っていただきたいと現況や取組などをまとめてみました。
ヒノキ(Chamaecyparis obtusa Endl.)はスギやマツと同じ、針葉樹の仲間で日本の特産樹種ですが、同じヒノキ属には他に5種があり、日本、台湾及び北米に生育しています。
「木は檜、花は桜木、人は武士」などと昔から言われるように、すらりと伸びる性質、木材の肌目の美しさ、優れた耐久性や抗菌性など、法隆寺五重の塔の心材など古くから重要な建築物などに使われてきました。
分布の北限は福島県ですが、日本では通常、関東地方より南が生育適地となります。また、尾根上などの水はけの良い乾燥した土壌を好む傾向が強く、昔から「谷にスギ、尾根にヒノキ」といった植え分けがされてきました。
比較的乾燥に強いヒノキの幼樹は、明るいところを好み、成長にはたくさんの陽光が必要となります。その一方で、なかなか我慢強いところをもっていて、ある程度の大きさまで育ったものは、日陰の環境下でも簡単には枯れてしまいません。このため、陽樹・陰樹両方に名前が挙がったりしています。
良い性格?に見える我慢強さも時には善し悪し。ヒノキの森林では自然に枯れてしまう木がほとんど無いので、林内はすぐに真っ暗になってしまいます。困ってしまうのがヒノキの子どもたち。いくら種が落ちても発芽・生育することができません。子の心親知らず?ってところなのでしょうか。

 

幹はスラリと通直、樹皮は明るいレンガ色、 1年を通して葉を着けています。


葉はスギ、マツのような針状ではなく、写真のような鱗(うろこ)状の葉(鱗片葉(りんぺんよう)と言います。)をしています。

 

代表的な木曽ヒノキ林

木曽ヒノキ林は、現在では長野県木曽谷地区及び岐阜県中津川市加子母地区に多く見られます。この地区は古くから「木曽」「裏木曽」と呼ばれており、その地名を冠したのが「木曽ヒノキ」の呼名の始まりです。

 

代表的な木曽ヒノキ林を見ていただきましょう。これは約300年経った森林です。そのほとんどがヒノキで、時折、「木曽五木」と呼ばれるヒノキによく似た木が混交しています。直径が40cm前後、樹高は25~30m程度で、1ha(100m×100m)に500本から1,000本近いヒノキが密生しています。

 

 

 

 

 

木曽谷にはこうした森林が、大きいところでは1箇所当たり数百haの規模で広がっています。

 

通常、天然林といえば、多様な種類で様々な樹齢の広葉樹や針葉樹が混ざり合った森林を思い浮かべるでしょうが、この木曽ヒノキ林はほぼヒノキ一色で、さらに樹齢もほとんど揃った極めて特異な姿の天然林となっています。

 

 

 

 

 

 

木曽ヒノキ林がこのような姿をしているのは、現在ではその成因に大きな特質があるためと言われています。木曽ヒノキ林はどのようにして現在の姿のなったのでしょうか。

 

木曽ヒノキ林の成立過程

江戸時代以前は、ヒノキ、サワラ等の針葉樹が6~7割、カンバ類、ナラ類等の広葉樹が3~4割の原生的な天然林が分布していた。



江戸時代に大火の復旧や築城ブームにより、ヒノキなど数本の親木を残して他は伐採するという強度な伐採を行う。



天然更新でヒノキなどの木曽五木や広葉樹などが生育した。



幕府による厳しい木曽五木の禁伐対策により、木曽ヒノキは守られる一方、その他の木は地元民により伐採され利用された。



明治、大正、昭和の初期にかけて、利用できるヒノキ大径材等を抜き伐り(択抜)した。



現在の一斉林型の木曽ヒノキ天然林が形成される。



現在の木曽ヒノキ林は、いわゆる原生林ではなく、大規模伐採と天然更新、その後の地元民による広葉樹の伐採という整備などを通じて人為とともに形成されてきた、いわば天然生二次林ということができます。

 

ヒノキとその仲間(木曽五木)

江戸時代には、築城、武家屋敷の建築、造船などの資材確保のため木曽谷の森林伐採が急速に進み、森林資源が急速に失われたことから、尾張藩は1665年に留山(とめやま)注1・巣山(すやま)注2の立入禁止林や伐採禁止林を設け、藩以外の伐採を厳しく制限しました。1708年には、木曽谷全域にわたり貴重な木材である、ヒノキ、サワラアスナロコウヤマキの四木の伐採が禁止され、さらに1728年にネズコを加えた五木が地元民の伐採禁止木となり、この停止木(ちょうじぼく)が、後の木曽五木の由来となっています。

 

注1:留山

ヒノキの優良林分を小地域で指定し、住民の立ち入りを厳重に禁止した保護林。森林資源の備蓄を目的に行われたもので、この制度は全国の各藩の模範となり採用されてきました。

注2:巣山

鷹の巣を保護し、鷹の育成を図るために、巣山に指定し住民の立ち入りを厳重に禁止。鷹狩りは武将の競技として愛好され、全国的にも各藩は巣山を指定していました。

 

サワラ(Chamaecyparis pisifera Endl.)

天然の分布区域は大体ヒノキと一致しますが、ヒノキよりも湿地を好み、山の中腹以下、特に谷間に成育する傾向があります。
ヒノキとよく似てるものの、葉の裏の白い気孔がX状(ヒノキはY)となっているところで見分けることができます。
成長はヒノキよりも旺盛で、植え付けも容易ですが、材質がヒノキより劣ることから、現在はほとんど植えられていません。
老齢になると多くが根元部に空洞が見られます。
桶材として最も優れ需要もあり、天井板、長押、化粧用つき板材としても利用されています。
小物細工としては、額縁、曲げ物、養蜂箱等に用いられています。

 

 

アスナロ(Thujopsis dolabrata Sieb. et Zucc.)

青森県から鹿児島県に分布しているものの、ヒノキ、サワラと混生している場合が多く、蓄積量は少ない状況にあります。
ヒノキより葉は大きく裏面の気孔線がよく目立ちます。
耐陰性(日陰に強い性質)が極めて高く、また、枝から新たに根が生え更新する特性があることから、林内が暗くても生き残ることが出来ます。
アスナロは別名「ヒバ」とも呼ばれますが、青森で言うヒバは「ヒノキアスナロ」(Thujopsis dolabrata Sieb. et Zucc. var.hondae Makino)で、アスナロの変種とされています。
色合い、香気等ではヒノキ材に及びませんが、狂いが少い、保存性が高い等の特性があり、特に水湿の耐える力は極めて高いので住宅の土台等には最適な材です。
建築材、橋梁材、建具材、彫刻用等に用いられています。

 

 

コウヤマキ(Sciadopitys verticillata Sieb. et Zucc.)

天然の分布は中部以南に多く、ヒノキよりも一層乾燥している山の尾根筋、特に表土の浅い岩石地等に多く成育しています。
葉は針葉なので、ヒノキとの判別は容易に出来ます。
成長は遅く材の用途も少ないため、植え付けは行われていません。
木目が通直で、一種の芳香をはなち、材色は黄白色で光沢があり、水湿に耐える点では五木中最高です。
高級な風呂桶、水桶等の桶製品および風呂場内装材として利用されています。

 

 

ネズコ(Thuja standishii Carr.)

ヒノキ、サワラ等と混生し、木曽五木の中でも最も寒冷の気候に耐え、海抜2,000m以上のところにも天然の分布が見られます。
葉の裏の気孔がY及びX状でないことからヒノキと見分けることができます。
成長が遅く材質もヒノキに比べ劣るため、植え付けはされていません。
木理が通直かつ緻密で、一種の芳香をはなち、色合いは黒褐色で渋みのある色択があります。
水質に耐える力が強く、材が軽い特徴があります。
天井板、すかし欄間、茶室内装材等の建築装飾材、机、茶箪笥、衝立等の家具用材、額縁、花器、置物等の民芸品等に用いられています。また、木曽の特産としてネズコ下駄が有名です。

 

 

森林管理局の案内

リンク集